ポスト・アーカイブ・ファクションを文脈的に捉える

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AFFECTUS No.254

小学生の時に初めて読み、それから週刊少年ジャンプを毎週読むようになって、折々で楽しみになるマンガに出会ってきた。現在連載中で、僕が読むジャンプマンガの一つに『マッシュル-MASHLE-』(以下、マッシュル)という作品がある。

マッシュルの世界では誰もが魔法を使うことができ、魔法の能力の優劣で評価が決まっていき、魔法が使えない人間は殺処分されるという過酷なものだった。そんな世界で、生まれながらにして魔法を使うことをできないのが主人公の少年、マッシュル・バーンデッドである。

魔法が使えない代わりにマッシュルは、幼少時からひたすらに筋トレをしてきたことで圧倒的規格外のパワーを身につけることになった。そのパワーを使ってあたかも魔法が使えるかのように見せかけて名門魔法学校に入学し、様々な困難をマッシュルは乗り越えていく。物語中に挟み込まれるギャグもいいアクセントにもなっていて、それも僕は好きだ。

先日、『怪獣8号』を教えてくれたマンガ好きの知人とマッシュルの話になり、なるほどと思うことがあった。

「ハリーポッターの世界とワンパンマンの世界がミックスされていて面白い」

これはマッシュルのようにマンガ作品に限った話ではないだろう。世の中の創作は、過去に発表されてきた創作のエッセンスを融合しながら作られ、どこかしらに文脈的な香りがある。どんな創作の、どのエッセンスを吸収し、どう組み合わせて完成させるか。そこに創作者の創造性が表現される。

実際には、創作者がそんな文脈的な意図は意識せず、自然に生み出されるケースが大半なのかもしれない。しかし、創作に至るまでに創作者は過去の作品を数え切れないほど見る・聴くなど体験してきたはずで、それらの影響は必ずあると思われる。まったく何も見聞きせず、創作を生み出すことは不可能ではないか。

もし、何も見聞きしていないなら、そもそもマンガであり小説であり、音楽といった何かしらの創作を世の中に生み出そうという意識は生まれないのではないか。人間は知らないことを、作り出すことは困難だ。

それはファッションにも言える。僕はコレクションを見ていると、文脈的に捉える癖ができてしまった。

デザイナーは文脈的な意識はせずに、自らの創造性の限りを尽くしてコレクションを生み出しているだけかもしれないし、文脈性を意識してコレクションを制作するデザイナーもいるかもしれない。どちらにせよ、僕は文脈的解釈を行い、ファッションデザインの意味と価値を見出し、言葉として表現していく。

僕は、たとえデザイナーの意図とは違っても、自由に解釈することを心がけている。そうでないと、デザイナーやブランドが発信する情報を伝えるだけの存在になってしまう。ファッションを書く人間には、その人ならではの視点で書くことが非常に重要だと強く実感している。

いささか話がずれてしまった。元に戻そう。

先日、世界最大の注目を浴びるファッションコンペ「LVMH PRIZE」2021のセミファイリナリスト20組が発表された。20組のセミファイナリストで僕が最も気になったブランドが「ポスト・アーカイブ・ファクション(Post Archive Faction)」(以下、PAF)だった。クリエイティブ・ディレクターDongjoon Limが2018年に韓国で立ち上げたこのブランドのデザインに、僕は不思議なほどに惹かれていく。

PAFのコレクションを見ていると僕の中に真っ先に浮かび上がってきたのはアニメ『攻殻機動隊』である。電脳空間上のストリートで着用されるストリートウェア。そんなフレーズが瞬時に立ち上がり、SF的近未来的ストリートウェアのイメージがPAFから感じられてきた。そして、コレクションを繰り返し眺めていると、ある二つのデザイナーの名も浮かび上がる。

クレイグ・グリーン(Crag Green)とキコ・コスタディノフ(Kiko Kostadinov)の二人だ。ロンドン発の若きスターたちの名が僕の中で文脈的に浮上してきたのだ。PAFのルックには、数多くの切り込みや穴を開けられたディテールが登場するが、シンプルなディテール(切り込み・穴)を何度も繰り返す手法に僕は目が止まる。

グリーンは同じモチーフを一つのコレクションの中で繰り返し登場させる傾向があり、それが僕の中でPAFのディテールと重なった。PAFは黒をメインカラーにコレクションを構成しており、黒を多用するグリーンとその点でも僕の中でイメージが重なる。

また、僕にPAFのコレクションからキコを想像させた要素も、切り込みや穴を繰り返し使うディテールだった。現在のキコは、通常のベーシックな服には存在しないであろう場所に切り替えを入れて、服の表情を崩していく。キコがモードなカッティングで仕立てた服には、異物を美しいと思うような特殊な美意識が伝わってくる。

このようにPAFにはグリーンとキコが持つ特性がミックスされ、それらの特性が電脳空間上のストリートウェアというイメージで作られているために(もちろん、それらは僕個人の解釈になる)、僕はモードの文脈的新しさを感じることができた。Dongjoon Limは文脈的デザインを意識していないかもしれないし、意識しているかもしれない。それは本人にインタビューでもしない限り判明しない、永遠の謎だろう。

しかし、PAFがパンツやジャケットに切り替えを斜めに走らせるカッティングは、ますます僕に現在のキコをイメージさせ、文脈的魅力を増大させる。初期のワークウェア期を経てアヴァンギャルド期にシフトした現在のキコがストリートウェアを作ったような、仮想のデザインが実現した感覚がPAFのコレクションからは感じられてくる。

多様な解釈を可能にすることが、PAFが僕を惹きつけた要因に違いない。ファッションを幾通りにも読み解いていく。こんな体験をさせてくれ、PAFの文脈性を捉えたからこそ、僕はPAFのコレクションを見るなり直感的に惹きつけられたように思えてならない。

今回のLVMH PRIZEで僕はPAFのことを初めて知った。ブランドサイトのSTOCKISTを確認する限り、現在の日本では数は少ないながらも既に「GR8」「Nubian」といったセレクトショップ5店舗で取り扱われていた。鋭い嗅覚を持ったセレクトショップが日本にはあった。PAFがLVMH PRIZEのファイナリストに残るかどうかは、このテキストを書いている時点では不明だ。だが、仮にファイナリストに残らずとも僕のPAFに対する関心と興味は失われないだろう。どんなファッションをこれから見せてくれるのか。僕はPAFの未来が気になっている。

〈了〉

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