注目すべきは、エディ・スリマンのウィメンズ

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AFFECTUS No.255

常々僕は、エディ・スリマン(Hedi Slimane)はウィメンズのデザインが得意ではないと思っていた。僕の服の好みが変わってきたために、今の僕は昔ほどエディのデザインに熱狂することはないが、「イヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュ(Yves Saint Laurent rive gauche)」時代から彼が発表してきたメンズウェアには幾度も心を動かされてきた。

イヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュでエディがデザインしたメンズは、高貴なエレガンスを纏う男性たちのスタイルであり、とても美しいものだった。「ディオール オム(Dior Homme)」ではエディが自身のロックマインドを解放し、一時代を築き上げる。当時の僕は、ディオール・オムの発表を毎シーズン待ち遠しく思うほどエディのメンズに魅入られていた。

一方でエディがデザインするウィメンズに僕は高揚感を覚えた記憶がない。第2期サンローラン時代とも言える2012年からブランド名を刷新した「サンローラン(Saint Laurent)」で、エディは本格的なウィメンズコレクションを発表するようになったが、スタイルを好意的に感じることはあってもメンズほどの熱狂を彼のウィメンズから感じたことはなかった。

いつもぎこちなさを感じてしまっていた。女性の立体的で曲線的な身体に、エディのウィメンズはやけに平面的でのっぺりとした印象を覚え、服と女性の身体の間に齟齬を起こしているように思えたのだ。ターゲットとするナイーブでセクシーな若い女性たちの生活様式を観察し、彼女たちの着る服をグレードアップさせてモードのステージに上がるレベルにまで高めたのがエディのウィメンズなのだが、服のぎこちなさが僕はやけに気になってしまい、サンローランのウィメンズコレクションにどっぷりと没入するほどの魅力は感じられずにいた。

エディのライバルと言われるラフ・シモンズ(Raf Simons)と比較すると、エディのウィメンズの才能が如実に感じられてくる。ラフの真の才能はウィメンズにあると思うほどだったが、エディはメンズだけに取り組んだ方がいいのではないかと思うことも幾度かあった。

しかし、エディは「セリーヌ(Celine)」でようやく自身のウィメンズスタイルに辿り着いたように思う。僕がそう実感するようになった最初のきっかけは、やはりセリーヌデビュー時のスタイルから一気にスタイルを変貌させた2021SSシーズンに尽きる。

エディがセリーヌのデビュー時に披露したウィメンズは、それまでのロック&スキニーなスタイルではなく、クラシックな趣が強い、僕には1980年代のハリウッド女優たちのプライベートスタイルという表現が浮かぶスタイルだった。セリーヌで見せたエディの新ウィメンズを僕は好意的に捉える。変わらないと言われ続けてきたエディが、新しい一面を見せてきてことがポジティブに感じられる瞬間だった。

しかし、デビューから5シーズン目の2021SSコレクション、エディは生み出したはずの新スタイルを突如放棄する。このシーズンに発表されたウィメンズコレクションは、サンローラン時代のスタイルに戻ってしまったと思わざる得ないものだった。だが、この2021SSコレクション、サンローラン時代と似ているようで違う。何が違うと言うのか。それは刺激的なセクシーの消失である。

2021SSコレクションは、エディのウィメンズとしてはこれまでになくスポーティでカジュアルに仕上げられている。とりわけ大きい要素がスポーツだ。デニムやスウェット、ショートパンツ、カーディガン、迷彩のパーカーやブルゾン、チェックシャツと王道のカジュアルアイテムが主役となり、それらを組み合わせたスタイルも肌を見せているルックはあるが、刺激的に色気を演出しているのではなくて、スポーツ時における爽やかさと健康さが感じられる肌の見せ方で、健康的なセクシーと呼ぶのがふさわしい。

この健康的なセクシーがエディのウィメンズの弱点であった平面性を帳消しにしている。いや、服が平面的であるからこそ挑発的で刺激的な色気の排除を可能にし、健康的な色気を作り出すことに成功したのだと思う。エディの弱点は、2021SSコレクションにおいては逆に武器となっていたのだ。

これこそがエディの真のウィメンズスタイルなのではないか。そんな確信を僕は抱く。発表から半年たった今、改めて2021SSコレクションを見て僕は確信をさらに深める。そして翌シーズンの2021AWコレクションで、エディの新ウィメンズスタイルはさらに進化する。

健康的なセクシーはそのままに、冬の装いへとスライドする。エディはセリーヌのデビュー時に見せていたクラシカルなパリエレガンスを、完全に放棄した訳ではなかった。時折コレクションに挟み込まれるシャネルジャケットを思わせる金ボタンのショートジャケットや、メンズテイストのテーラードジャケットはエディがパリエレガンスを放棄していない証拠だろう。2021SSコレクションで披露したスポーツ&カジュアルにクラシカルなパリエレガンスを加え、エディは自身のウィメンズスタイルを進化させる。

2021SSと2021AW、両コレクションを観察して思うことが一つある。それは男の子の服を女の子が着ているようなイメージである。「男性」と表現するには年齢が高く感じられる。「男の子」と表現する方がしっくりくる。彼らの服を気に入った女の子たちが自分が持っているウィメンズウェアと組み合わせて、軽快に颯爽と着こなす。そんなカッコよさが感じられてくる。

もう一度ここで述べよう。僕はエディがようやく自身のウィメンズスタイルに到達したように思う。一見すると、エディのウィメンズはモード史に名を残すデザイナーたちの服と比べて、フォルムに驚くべき斬新性があるわけではない。極めて普通の服だと言えよう。現代の女性なら一度は着たことがあるであろう、特別でもなんでもない日常着をエディはモードの舞台に乗せた。

女性の日常をモードにする。エディが実現したことはそれだ。メンズでの評価が高かったエディだが、僕は今、彼のウィメンズへの注目度が高まっている。僕がウィメンズでは重要だと思っていた服の立体感がないにも関わらず、スタイルに惹きつけられる新規性を感じる。この現象を無視することができるだろうか。僕には無理だ。モードの新たな秘密を見せられた気分だ。エディ・スリマンのウィメンズに注目すべき時代が到来した。

〈了〉

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