AFFECTUS No.264
新型コロナウィルスの脅威によって世界中の人々の生活が激変した今、ひとつのワードを目にする機会が増えてきた。「ニューノーマル」という言葉である。直訳するとNew Normal=「新しい常態」という意味になるが、簡潔に言えばこれまで当たり前だった生活様式・経済活動=常態が、コロナ禍に適した「新常態」へとアップデートされることを指す。
例えば働き方の面にフォーカスした際、会社に出社し仕事をすることがこれまでの常態だったが、新型コロナウィルスの出現以降は感染を避けるためにリモートワークを行うことが新しい状態となった(しかし、今は出社へ回帰する傾向も出ているが)。このように、僕たちが何気なく繰り返してきた習慣が不可能になり、新しい習慣へ変わらざるを得なくなって世界はたった1年ほどで急速に変わってしまった。
人々の生活が変われば、それに伴ってデザインが変わるのはファッションの常である。昨年6月に歴史上初めてのデジタルファッションウィークがスタートし、およそ1年が経過した今、依然としてデジタル形式での発表が継続されているが、気になるデザインが出現した。ミラノでコレクションを発表する「スンネイ(Sunnei)」が新兆候を示す。
僕がスンネイを初めて知った時期は2017AWシーズンとなる。当時のスンネイは、ピュアな少年像を描く清潔感あふれるカジュアルウェアを展開していた。しかし、スンネイは2021SSコレクションからピュアなボーイズスタイルから、イタリア産アヴァンギャルドと呼べる非常に先鋭的なデザインを発表するようになる。
だが、ここで述べるアヴァンギャルドは、これまでのデザインとはいささか異なる。例えば「コム デ ギャルソン(Comme des Garçons)」のように異形を纏う造形的にダイナミックでアグレッシブなデザインではなく、一見するとベーシックウェアを連想させ、だがそのベーシックウェアに不可思議なボリュームやシルエット、色や素材の組み合わせが混ぜ合わせられ、シンプルで綺麗な服に見えるはずなのに、アヴァンギャルドなコレクションを目の前にした時と同じ感覚を覚えるデザインのことを言う。つまりは服そのものはシンプルなのだが、服から受ける印象はアヴァンギャルドに近い。そんな矛盾のコレクションである。
僕はスンネイのこの変貌に戸惑いを覚えた。正直に言えば、以前のスンネイが見せてくれていたピュア&ボーイズスタイルの方が僕にはずっと魅力的だった。だが、変貌したスンネイを拒絶するほど、新しいコレクションは魅力が欠けているわけではない。僕の趣向とは違うはずなのに惹かれる。おかしな心情に襲われる何かが生じていた。
そして最新2022SSコレクションで、スンネイは新たなる変化を見せる。先シーズンの2021AWコレクションまでは不可思議さと違和感が訴えられるデザインが展開されていたが、今コレクションではスンネイにとってはオールドスタイルとなる以前のピュア&ボーイズスタイルにやや回帰し、そこに新たなる武器となっていたアヴァンギャルドな感性を溶け込ませていた。発表されたルックはまるでピュアな少年に眠っていた狂気が目覚め、でもシンプルを好む彼のファッション嗜好に合わせてデザインされた服のようであった。
今コレクションにおいてスンネイはまたも進化を見せる。そして僕はそのニューコレクションに今度は違和感など一ミリも抱くことなく、完璧に瞬時に魅了された。その体験は「新しさ」と遭遇した時と同じタイプである。
現在、ファッション界にはかつて「ヴェトモン(Vetements)」が引き起こしたストリートのようなビッグトレンドは存在しない。ストリートからエレガンスへ傾きかけた流れは、昨年突如として現れたウィルスによってストップする。そして今、コロナ禍の影響によってコレクションシーンでは室内で過ごす世情を表したリラックス感ある服と、室内で過ごす時間が多くなった反動ゆえの着飾ることへの渇望が生まれたエレガントな服が登場し、両スタイルが混在している常態である。
「エルメネジルド・ゼニア(Ermenegildo Zegna)」が2021AWコレクションに発表したソフトなテーラードはリラックスを代表するデザインであり、同じく2021AWコレクションで「ピーター・ドゥ(Peter Do)」が発表したドレープやフェザー、レースが多用されたスタイルはエレガンスを代表するものである。リラックスとエレガンス、どちらが大きくリードすることなく、いったい何が次の時代のリーダーとなるスタイルなのか、模索が続いている状態が2022年のファッション界だと言える。
しかし、僕はスンネイのリアリティを感じるのにアヴァンギャルドも感じる2022SSコレクションを見て、ストリート以降現れていないと思っていたビッグトレンドが、実はもうすでに昨年から現れていたのではないかと思えてきた。つまり、具体的に一つのスタイルがトレンドを支配するのではなく、リラックスとエレガンスがせめぎあう、このどちらとも言えない曖昧な「状況」こそが現在のビッグトレンドなのではないかと考えるに至ったのだ。
これまでトレンド(ここでは文脈的意味が強い言葉として)とは、具体的にあるスタイルを指すものであった。だが、新時代のトレンドは必ずしも具体的にスタイルそのものを指すのではなく、現象や状況、そう言った抽象的なものをトレンドと捉えてもいいのではないか。
今は未来が見通せない。ワクチンの接種によってコロナ禍以前の生活に戻り始めた一方で、コロナウィルスの変異株も現れ、このままスムーズに状況が改善されていくことに疑念も抱く。このような時代だからこそ、一つのスタイルがトレンドとして主流になるのは人々の心理にマッチしないように思える。むしろ、ありとあらゆるスタイルが雑多的に現れた方がいいのではないか。事実、「ヒリヤー・バートリー(Hillier Bartley)」や「サンディー・リアング(Sandy Liang)」といった若手ブランドが、一つのスタイルでは括ることのできない性別・時代・趣向を横断する雑多なスタイルを披露し、新たなる流れを予感させている。
スンネイの2022SSコレクションは、アヴァンギャルドの概念を揺さぶるものである。大袈裟と言われるかもしれないが、僕にはそう思える。現実的な服なのに非現実が迫る。スンネイは未来へ一歩踏み出す。新時代の新しさを問う挑戦は始まっている。
〈了〉