ジル・サンダーのメンズウェアは、ストリートキッズのためのユニフォーム

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AFFECTUS No.265

どんなに若く、自由を謳歌する若者でも必ず年齢を重ね、それまでの自分とは違う考え方、生き方を選ぶようになる瞬間は訪れる。それが自ら進んで受け入れた肯定的な選択によるものなのか、はたまた強制的に強いられて消極的な姿勢による選択なのか、いずれにせよ若者には良くも悪くも変化を強いられる瞬間はやってくる。

考え方と生き方が変われば、自然と着用する服も変わらざるを得ない。例えるなら、絶対に着たくないと思っていたスーツを着なくてはいけない。そんな日に遭遇することは決して珍しいことではない。

「スーツは着たくない。でも着なくちゃいけないなら、自分の好きなスーツが着たい」

そんな若者の心理を表現したようなコレクションをルーク・メイヤー(Luke Meier)とルーシー・メイヤー(Lucie Meier)は「ジル・サンダー(Jil Sander)」で発表した。

2022SSメンズコレクションのジル・サンダーは、ここ数シーズンのデザインと比較するとかなり若さが感じられるファッションに仕上がっている。ジル・サンダーといえば、成熟した大人たちのための気品を備えた上質な服というイメージを僕は持っているが、今コレクションに関して言えば従来のイメージは薄れ、ルックを見るなり僕はいつになくストリートテイストが強いと感じ、ルーシーよりも「シュプリーム(Sumpreme)」出身であるルークのテイストがより強く濃く表現されたように感じた。

いつになくストリートテイストが強いと述べたが、実はメイヤー夫婦がクリエイティブ・ディレクターに就任後、ストリートなジル・サンダーが明確に姿を現したのは今回が初めてではない。2019SSメンズコレクションでもストリート色の強いジル・サンダーは現れていたのだ。

では、2019SSコレクションと今回の2022SSコレクションで何か違いあるかと言われれば、2019SSコレクションの方が男性像がより若く感じられ、スタイルもよりカジュアル度が高いものだと言える。それに比べると2022SSコレクションは明らかに気品があり、カジュアル度も薄れてテーラードや綺麗な装いを真とするクラシックなメンズスタイルのイメージが確実に強くなっていた。2019SSコレクションのストリートキッズが年齢を重ね、より大人に近づいた姿が今回の2022SSコレクションの男性像だと言えるかもしれない。

2022SSコレクションは、1stルックからして上品なムードが明確に立ち上がっている。モデルがキャップを被り、ワークシャツにシャツと同素材のパンツを穿いて椅子に座るルックが披露されている。一見するとストリートなカジュアルスタイルだが、写真から感じられるのは品格あるエレガンスである。写真越しに伝わってくる素材の上質さと端正なシルエットが、ストリートスタイルに上等なメンズエレガンスを立ち上がらせていた。

このコレクションではグラフィックを用いたアイテムも散見されるが、多くのアイテムは無装飾で、素材の質感と色の組み合わせにシルエットの美しさとスタイルのシンプルさが掛け合わさり、ジル・サンダーのエレガンスとストリートテイストが見事なバランスの融合を果たしている。加えてカーディガンにシャツというトラッドスタイルもデザインされ、スーツルックは2019SSコレクションよりも遥かに多く、メンズウェアの伝統を着用するストリートキッズというイメージが僕の脳内を駆け巡った。

しかし、僕は正直なことを述べるなら、コレクションを見てすぐさま今回のジル・サンダーにテンションが上がったわけではない。むしろ、少しいまいちにさえ思えたのが真実だ。だが、何度か繰り返しルックを見ているうちに当初とは違う感情が芽生え始める。このコレクションはカッコいいのではないかと。そしてその思いは、コレクション発表の翌日には確かなものになっていた。

僕が惹かれたのはデザインされたファッションそのものではない。

「変化を強いられたストリートキッズが伝統のメンズウェアを着ざるを得なくなり、そんなキッズのためにルーク(ここではあえてルークの名だけを取り上げよう)が彼らを思ってデザインした服」

このイメージが僕の中に見えたことが、今回のジル・サンダーに惹かれた理由だと言えよう。

ファッションはもちろん服そのものが最も重要だ。しかし、服と共にその服から心惹かれるイメージが立ち上がるか否かは、ブランドに魅了されるかを左右するさらに重要なポイントである。とりわけモードというカテゴリーにおいては。ジル・サンダーはただ綺麗で上質な服を美しく仕立てたわけではない。ハイクオリティの服に「ストリートキッズのためのユニフォーム」というテンションを上げるイメージがコーティングされていた。ジル・サンダーはブランドのスタイルを更新する。ああ、僕はストリートキッズではないけれど着たくなっている。この高鳴る感情こそがモードの醍醐味だ。

〈了〉

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