一旦が明らかになるピーター・ミュリエの才能

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AFFECTUS No.266

2017年11月にアズディン・アライア(Azzedine Alaïa)が亡くなり、以降1979年に彼が創業したブランド「アライア(Alaïa)」は他のブランドのようにクリエイティブ・ディレクターを表立って発表することなくコレクション活動を継続させてきた。しかし、今年2021年2月、突如アライアはクリエイティブ・ディレクターの起用を発表する。メゾンのディレクターに指名されたデザイナーの名が明らかになるとニュースは世界中を駆け巡り、業界の人々を驚かせた。

アライアのクリエイティブ・ディレクターに指名されたデザイナーとは、ラフ・シモンズ(Raf Simons)の右腕として世界的にも知られるピーター・ミュリエ(Pieter Mulier)だった。「まさか」という驚きもあれば、「ようやくか」という納得もある。ラフの右腕として、「ジル・サンダー(Jil Sander)」「クリスチャン・ディオール(Christian Dior)」「カルバン・クライン(Calvin Klein)」と世界で名だたるブランドで、ラフと共にコレクション制作を担ってきたピーターなのだから、いずれは自らがクリエイティブのトップに立ち、ブランドを指揮する立場になるだろうということは予想できていた。

その時がようやく訪れたと言うべきなのだろう。このニュースが発表された時、僕は気持ちの高鳴りを感じずにはいられなかった。モードファッションならではの「ワクワク」を芽生えさせるニュースだったのだ。しかし、一方で疑問も浮かぶ。

「ピーターのセンスとは、いったいどのようなものなのか?」

確かにラフの右腕として世界的知名度を誇るピーターだが、彼がどんなファッションデザインのセンスを持っているかは不明だった。これまではラフがディレクターという立場で、ピーターはアシスタントとして責務を担ってきたのだから、彼のデザインセンスが見えないのは当然なのだが、それが故に彼のセンスに対して疑問、というよりも正確に述べるならば興味が生じるのも自然な成り行きだろう。

ディレクター発表から4ヶ月が経過した6月5日、いよいよピーターによるアライアのデビューコレクション、2022Winter-Springコレクションが披露される。このコレクションで垣間見えたピーターのセンスについて触れていこう。

全ルックを見終わり僕が捉えたイメージは、ボディコンシャス的でありSM的であり、アラビアなムードだった。そのイメージはアライアのブランドDNAに重なるものであり、ピーターは丁寧にアライアの世界観を表現したことが伺える。では、以前のアライアと比べて何か違いを感じたかと言えば、それは確かにあった。

どこかミニマルな香りが匂う点である。

先ほど述べた通り、僕はアライアのデザインの対してSM的イメージを抱いている。バストやヒップなど女性の身体的特徴を強調させるカッティングに、身体と服の間にわずかでも空気が入り込むことさえ許さないようなボディラインにフィットするシルエット、そして黒と白を多用した色展開が僕にSM的イメージを想起させていた。それらの要素はピーターのコレクションにも感じたが、以前に比べてわずかに抑制されているように思えた。

例えるなら以前のアライアが一つのルックにSM的要素を3つ取り入れるとしたら、ピーターの場合は2つといった具合である。ささやかな違いにすぎないが、それをコレクション全体として見ると抑制と表現できるレベルになっていた。また、精緻で精巧なクラフトワーク的ディテールもアライアの大きな特徴であり、ピーターも今コレクションに取り入れているが以前のアライアよりも装飾性がやや控えられているように感じる。

アズディン・アライアが女性の色気を濃く深く表現するのだとしたら、ピーターは洗練させて美しく表現させようとする姿勢だと言えよう。ただ、ミニマルな香りがすると言っても硬質な印象はなく、品格のある柔らかさが感じられ、流麗感あるシルエットが所々に挟まれていたことが僕にそう感じさせたのだろう。まるでニューヨークのモダンとパリのエレガンスで、アライアを料理したかのようなコレクション。僕はピーターのデビューコレクションにそのような印象を抱くようになった。

全貌が明らかになったと言えるほど、ピーターのセンスがコレクションに見られたわけではないが、才能の一旦は確かに確認することができた。洗練されていること。これがピーターのデザインにおけるキーワードだろう。デコラティブであるとか、ミニマリズムであるとか、服の外観がなんであろうと、過剰ではなく抑制に重きを置きながら洗練させて美しく表現することが、新クリエイティブ・ディレクターのセンスである。現時点では、僕はそう評したい。

コレクション発表を重ねるにつれ、デザイナーの個性が強くなっていくことはモードにおいては頻繁に見られる現象であり、ピーターとアライアにも生じる可能性はもちろん大いにある。僕はぜひとも見てみたい。よりピーターのセンスが投影されたアライアを。彼の世界の拡張と進化を。

〈了〉

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