デムナ・バレンシアガはクラシックを手懐ける

スポンサーリンク

AFFECTUS No.267

「これはデムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)にとってベストバレンシアガではないか?」

僕はショー映像を観ている途中から、そう思い始めた。デムナが披露した「バレンシアガ(Balenciaga)」の2021AWオートクチュールコレクションには、デムナの感性とバレンシアガの伝統がハイレベルのバランスで融合した姿が見られた。

コレクションを全面的に支配するのはクラシックなルックだ。もちろん、これはオートクチュールであるため、デムナの象徴とも言えるストリートなカジュアルウェアの抑制が見られるのは当然ではあるが、ファーストルックからテーラードジャケットを軸にしたスタイルが延々と続き、そのいずれもエレガンスにシフトしたデムナがようやく辿り着いたと評したい境地の美しさがあり、クラシックウェアの完成度を自身の視点で高めようとする本気の姿勢が感じられるほどであった。

デムナ得意のパワーショルダーは健在で、コレクションを着用するモデルたちの肩幅よりも広く大きく競り出したジャケットやコートのショルダーラインから、ウェストに向かって急激にシェイプされ、そこから裾に向かって弧を描き、ヒップを包み込んでいくラインには彫刻的硬質な美しさが滲む。

黒と白で作られた布の彫刻。そんな言葉が浮かび、それはまさにクリストバル・バレンシアガ(Cristóbal Balenciaga)が作り出してきた服そのものではないかと思う。今コレクションはメンズウェアとウィメンズウェアが同時発表されており、メンズウェアはそのほとんどがシングルあるいはダブルブレステッドのテーラードジャケットやコートを中心にしたアイテム構成だが、ウィメンズウェアはドレスを主役にした構成だった。

次々登場するドレスを見ていて気づくのは、クリストバルの残像である。明らかにデムナはクリストバルが絶頂期に発表してきた至高の美しさを誇るドレス群から発想を得て、2021年の今、彼ならではの解釈と創造性を持ち込んで古典のドレスを現代のドレスへと転換させた。

どのようにしてデムナはメゾンの歴史と自身の世界を融合させたのか。それを物語る代表的なドレスがある。ルックNo.61のグリーンドレスだ。このドレスは、ネックからタックが折り畳まれ、そこから裾に向かってなだらかに、しかし大きく広がっていくビッグAラインのシルエットを描き、裾は床に到達してウェディングドレスのようにトレーンを描く。

クリストバルが発表したウェディングドレスが発想源だと思える仕上がりのデザインだが、それだけなら美しいドレスで終わっていたであろうし、クリストバルのドレスのリバイバルと言えた。だが、デムナはドレスのフォルムに異能を発揮する。首元から肩、背中にかけて布が盛り上がり、まるで筋肉が誇張したようなフォルムが生まれ、袖幅も太く、従来の価値観で言えば決して美しいとは言えない造形が作られていた。

このようにしてデムナはメゾン伝統のエレガンスに、歪な醜さをあえて持ち込む。彼は世界が醜いと思うものの中に美を見出す特異な才能を持っている。その才能がバレンシアガの伝統と融合を果たす。これまで繰り返して述べてきた誇張されたショルダーラインをはじめとして、過去にデムナが「ヴェトモン(Vetements)」で披露してきた極大なまでのサイズ感を誇るビッグシルエットで仕立てられたクラシックウェアは、誰もが美しさを覚えるファッション王道の価値観を感じると同時に、歪な造形を見せられた違和感も感じられるという不可思議な体験がデザインされている。

ショーはBGMが流れず、無音の中で進行していた。モデルが歩くたびに布が擦れる音が聞こえてきそうな淡々としたショーは、音楽がないが故にいっそう服へと意識を集中させ、コレクションが放つエレガンスを体感させる。この演出もオートクチュール黄金期に見られた品格ある演出だ。

デムナはバレンシアガの遺産を尊重するだけでなく、ファッションそのものの歴史も尊重するコレクションを作り上げた。ゆえに、このオートクチュールコレクションは確かに美しい。しかし、一方で21世紀のファッションに登場した新たなる価値観アグリー(醜い)も実感する。2014年から2016年にかけてヴェトモンで見せていたほどの圧倒的エネルギーはないが、デムナは歴史を更新する一手を放った。バレンシアガというファッションコンテクストの最上流に位置するブランドの歴史を紡ぎ、デムナならではの視点と解釈でメゾンを更新した手腕は見事だ。

デムナ・ヴァザリアという傑物は、ファッションの原点であるクラシックすらも手懐けるのだろうか。僕はバレンシアガの未来を注視していきたい。

〈了〉

スポンサーリンク