AFFECTUS No.270
僕はYouTubeで探し始める。あのコレクションの映像を。ふと観たくなったんだ。発表から9年が経過していることに気づき、そんなにも時間が経っているのかと驚く。しかし、何年経とうが観たくなるコレクションというのはある。今回がそうだ。
見つかるのは早かった。ラフ・シモンズ(Raf Simons)が「クリスチャン・ディオール(Christian Dior)」で初めて発表したコレクション、2012AWオートクチュールコレクションのショー映像を見つけ、僕はクリックする。まったくYouTubeというのは本当に便利だ。
2012年春、空席となっていたディオールのアーティスティック・ディレクターにいったい誰が就くのか。当時、僕はこの行方が気になってしょうがなかった。願っていたのは有力候補として名が上がっていたラフの就任だ。「ジル・サンダー(Jil Sander)」で至高の時を過ごし、生涯最高と言えるラストコレクションを発表した天才をおいて誰がいるのか。ラフの真の才能は、メンズではなくウィメンズにあった。そう確信させるほどの圧倒的レベルのコレクションを、とりわけラスト3シーズンに披露していたのがジル・サンダー時代のラフだった。実に完璧に美しかった。
ジル・サンダーでの経験によってネクストステージに昇ったラフの創造性を、今度は歴史も規模も誇る世界最高峰のメゾンで見たいと思うのは至極当然のことだろう。そして僕の願いは叶う。ディオールはラフを新ディレクターに指名したことを世界へ発表する。ビッグニュースは僕の気分を最高潮に上昇させる。
僕は視線を、iMacのモニターが映す9年前のショー映像へ向ける。聴こえてくるのは、オートクチュールにふさわしい荘厳で上質な響きを伴うBGM。ファーストルックが登場する。現れたのはディオール伝統のバージャケットだ。マットな質感の黒い生地で仕立てられたジャケットは、メンズウェアを連想させる硬く鋭いシルエットを描く。しかし、男性的強さを誇るそのジャケットにおいてウェストだけは別世界。急激にシェイプされたウェストラインは、メゾンの創業者クリスチャン・ディオールが1947年に発表した、女性の華麗で贅沢な美への回帰に成功したニュールックを呼び起こす。ラフが持つ最先端の感性が、ディオールの伝統を現代的に蘇えらせる。
ファーストルック以降発表されていくルックは、いずれもディオールのDNAを丁寧になぞるデザインが行われている。それらのルックに地味だという印象を覚えたとしても不思議ではない。ミニドレスにパンツをスタイリングするなど今の感性を匂わせる新鮮さが挟み込まれたルックもあるが、コレクション全体に漂うのは古き良き時代のエレガンスである。ジル・サンダーのラストコレクションで見せた、あの圧倒的至高のモダンエレガンスは見られない。ディオールとジル・サンダー、ブランドが違うという点を差し引いてもだ。
しかし、コレクションにはこのクラシカルなエレガンスを最高レベルに表現したルックが現れる。発表から9年経った今、改めて見てもこのドレスがラフのディオールデビューコレクションにおけるベストルックだと僕は確信する。まるで印象派の画家クロード・モネ(Claude Monet)の絵画を衣服の表面で表現するように、甘い美しさがふんだんに香るドレスが姿を現す。ピンク、白、紫、イエロー、甘い花々は花冠のシルエットを描くベアトップドレスの上で咲き乱れる。ラフはジル・サンダーで見せた最先端のエレガンスを懐古的エレガンスへと転換し、時計の針を巻き戻して見る者の時間を後方へ追いやる。
「後ろを振り返れ。そこにだって美はある」
ラフがまるでそんなメッセージを発するかのごとく、美しいドレスは圧力を僕にかけてくる。
クリスチャン・ディオールの美を最も正当に引き継いだコレクションを発表したのは、ラフ・シモンズだと僕は思っている。ラフのディオールは、クリスチャン・ディオールの後継者となったイブ・サンローラン(Yves Saint Laurent )時代のディオールさえも凌ぐ(サンローラン本来の美は自身の名をブランドとして背負った時に現れる)。
至高のドレスに想いを馳せていると、ショー映像はいつの間にか終演を迎えていた。フィナーレを迎えたモニターを見つめながら、僕はTwitterをクリックしてウィンドを新たに開き、以前に僕がつぶやいた一文を探し出して見つける。その一文を記して、本日の終わりとしたい。
「服を纏うことで生まれるエレガンスには、人の心を魅了させる魔法が込められている。まさか、こんな場所で。そう思える場所であっても出会ってしまったなら、服のもたらすエレガンスに心揺さぶられずにはいられない。モードは服一着で、どんな場所であってもその場所を美を鑑賞する場に変えてしまう」
〈了〉