美しく気怠いピーター・ドゥ

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AFFECTUS No.275

2019年のデビュー以降、着実にファンを獲得し、ビジネスを成長させてきたピーター・ドゥ(Peter Do)。これまでコレクションの発表はビジュアルや映像を主としてきたが、今年6月、2022SSシーズンのニューヨーク・ファッション・ウィークで初のランウェイショー開催が発表された。ショー開催を目前に控えた9月2日には「THE CUT」にて、これまでのドゥの歩みが書かれた記事が公開される。(THE CUT “Spotting Peter Do The designer’s first-ever runway show will anchor the return of New York Fashion Week.”)

記事はブランド設立時のエピソードや、ブランドの売上についても言及するなど、これまでメディアで公開されてきたどのドゥの記事よりも「Peter Do」の軌跡が詳細に書かれ、ドゥのファンなら必読の内容になる。

そして9月6日、初のランウェイショーが開催される。晴天の中、発表されたショーは、澄んだ空気と海面に反射する煌びやかな光が、ドゥのシグネチャーであるテーラードスタイルをより清らかに輝かせるものになっていた。

コレクションを見る様すぐに感じたのは、過去のスタイルよりもシルエットに流麗感が増し、加えてNYモードスタイルが強まったこと。ここで言うNYモードスタイルとは、ジャケットやパンツ、デニムなど現代の都市生活に必須のアイテムをデザイン性強く仕立て、シャープ&クールなイメージに表現したスタイルを言う。このスタイルはNYモードシーンに数多く見られる伝統スタイルであり、カルバン・クライン(Calvin Klein)、ナルシソ・ロドリゲス(Narciso Rodriguez)、近年ではプロエンザ・スクーラー(Proenza Schouler)が該当するだろう。従来のドゥもNY伝統のスタイルがベースにあったが、このテイストがより強くなった印象を今回のコレクションからは受けた。

新しい要素も見られた。それがフラワープリントだ。生地を半紙に見立て絵を描き、染料の浸透が色を淡く浮かび上がらせ、白いシャツや黒いコート、黒いドレスの上で儚げに開花した花。それはまるで色彩を帯びた水墨画とでも言うような、絵画的要素が演出されたルックが幾つも登場する。

それらフラワープリントを用いたアイテムのスタイリングも、儚げな印象をさらに強める。ノースリーブのトップスやジャケットの上から、フラワープリントのシャツを左肩のみに引っ掛けるだけのスタイリングに、僕は「美しい気怠さ」という言葉が浮かび上がる。

調和が見事な完成したエレガンスとは少しズレた、完璧さへのほんの少しの抵抗。完璧に整えられたファッションだけが美しいのではなく、崩された服とスタイルの中にも美は存在する。僕の解釈にはなるが、そんなメッセージ性がささやかに感じられたルックに、ファッションコンテクスト的に新鮮な美意識を捉える。

話をモードの醍醐味に少し移そう。

2012AWシーズンに披露されたラフ・シモンズ(Raf Simons)による最後の「ジル・サンダー(Jil Sander)」はあまりに美しく、ショーのフィナーレで涙が滲むほどで、デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)在籍時の「ヴェトモン(Vetements)」は美醜の醜を見せつけ、「これが美しいと言うのか!」という強烈な怒りを感じるほどに、デムナの美意識に心揺さぶられた。純粋な感動であれ、怒りであれ、強烈に心揺さぶられるコレクションがある。それがモードの醍醐味だ。

しかし、僕はドゥのコレクションから、ラフやデムナのような激しい衝動を感じたことは一度もなかった。ドゥのコレクションは、いわば優等生に感じられる。それが物足りなく思うことが多々あるが、今はそれが時代の正解なのではないかとも感じる。

コロナ禍によって、人々は自分が何を一番大切にしているかを改めて実感したはずだ。そんな時代に、ある一つのスタイルで時代を引っ張ろうとするのは、いさかか強引なのかもしれない。人はとびっきりに先進的なスタイルよりも、自分がこれまで愛してきたスタイルをより大切にするのではないか。誰のために、何のために、どんな服を作るのか。ファッションデザインの根本である「For you」に立ち返り、より個人に特化したパーソナルなコレクションを披露する時代が、今ではないだろうか。

その意味で、ドゥは自分の愛する女性像が明確に感じられ、その女性たちが喜ぶ服とは何か、どんな服がその女性たちをより輝いて見せるか、そこをひたすら探究しているように思えるのだ。新しい美意識をファッションの文脈に刻むというより、これまでにあった既存の美意識を、ニュアンスを新鮮にして新しく見せる。そんなコンパクトなアプローチが、ドゥのデザイン手法だと僕は感じる。おそらくドゥのコレクションは、ヴェトモンのように時代を席巻する世界の王者にはならないだろう。しかし、ドゥが探究した服によって幸福になる人が、世界には確かにいる。そのことをブランドの人気が証明している。

混迷の時代に注目される才能は、美しい気怠さで、ささやかにファッションの見え方を変えていく。

〈了〉

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