AFFECTUS No.279
1960年代、ウィメンズウェアの歴史にミニスカートという概念を築いたデザイナーがマリー・クワント(Mary Quant)だ。クワントは、ロンドンのチェルシー地区で自然発生的に生まれていたミニスカートを、より多くの人々が着用できる「商品」へとデザインし、モデルのツィッギー(Twiggy)が着用することで、ミニスカートを新しいファッションとして普及させることに成功した。ストリートのスタイルをピックアップし、それを新しいファッションへと昇華させる。それがマリー・クワントというデザイナーだと言える。
同時代、ミニスカートの普及を促進させたデザイナーがもう一人いる。それが、パリのオートクチュールを舞台に活躍したアンドレ・クレージュ(André Courrèges)である。クレージュは、ミニスカートをフューチャリスティックなイメージと結び付け、クワントとは異なるミニスカート像を作り上げる。
第二次世界大戦が終了し、復興の1950年代を経て1960年代に突入すると、それまで上流階級の人々が中心だった時代から、大衆が中心の時代へと移行し、同時にアメリカとソ連による宇宙開発競争が激化していった。新しい時代の訪れは新しい生活を生み落とし、その新生活のための服が求められるようになる。スペースエイジをファッションに投影させ、ミニスカートスタイルを完成させたクレージュの視点が当時の人々の心を捉え、クレージュスタイルは歴史に刻まれた。
このクレージュの未来志向を、2020年からクリエイティブ・ディレクターを任されているニコラス・デ・フェリーチェ(Nicolas Di Felice)は受け継いでいる。それを物語るコレクションが、先ごろ発表された2022SSコレクションだ。
屋外を会場に発表された2022SSコレクション、その1stルックに全身ホワイトのスタイルが登場する。女性モデルは真っ白なキャップを被り、同じく真っ白のオーバーサイズ&ロングレングスのフードコートを着た姿は、清廉なイメージよりもストリートのイメージが先行する。次に登場したのは、1stルックをブラックカラーに置き換えたもので、素材の光沢が黒い生地を艶やかに光らせ、ストリート感をより増大させる。
コレクションはストリートマインドを匂わすルックだけではなく、1960年代にアンドレ・クレージュが発表していたミニドレスを発想源にしたであろう、ホワイトのミニドレスも登場させ、ここでスペイシーなムードが高まる。この懐かしき60年代ルックでスペイシームードを引きずりながら、今度はスポーティな要素と一体になり、爽快さも加味される。そして、ロゴTシャツ&キャップスタイルと混ざり合うことで、再びストリートのムードも立ち上がる。
スペイシー×ストリート×スポーティという3種類のイメージが混合し、色展開がホワイトとブラックの2色にほぼ絞られることで、今度は1990年代のミニマリズムなイメージを見え始める。その結果生まれた颯爽感は、クレージュの未来志向をさらに加速させた。
コレクションを見ていると、僕はニコラ・ジェスキエール(Nicolas Ghesquiere)の名が浮かんできた。ジェスキエールと言っても現在の「ルイ・ヴィトン(Louis Vuitton)」ではなく、「バレンシアガ(Balenciaga)」時代に披露していた、あの圧倒的宇宙世界のことを指す。フェリーチェのクレージュには、あのころのジェスキエールと同じ未来感が垣間見える。ただし、ジェスキエールよりもリアルかつカジュアルで、よりシンプルなデザインの服だ。
また、フェリーチェのデザインは「ジバンシィ(Givenchy)」のマシュー・ウィリアムズ(Matthew Williams)と同じ文脈上にも立ち、マシューよりもミニマリズムの性質が強く、マシューの毒気を抑えたスタイルに仕上がっている。デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)も現在はバレンシアガでSF世界感強いイメージを発信しているが、デムナがエイリアン的ならフェリーチェのクレージュはもっとクリーンな世界で、未来志向のデザイン文脈に乗りながら、先人や同時代の同じ文脈に位置するデザイナーとは違う道を示している。
コレクション全体を見れば、強烈なインパクトを感じせるものではなく、どちらかと言えば優れたセンスでまとめ上げた「うまいコレクション」と評するのが的確だろう。そのため、人気が爆発的に上がるタイプではないかもしれない。だが、確かな魅力がある。クレージュ、ストリート、スポーティという三つのイメージが混合された、新未来派デザインを嗜好する女性は世界に必ずいるはずだ。ブランドのDNAを尊重し、現代の潮流を抑え、時代感にマッチする独創性を披露する。この難題は堅実に創造的にクリアされた。
ショーのフィナーレに登場したフェリーチェは、スリムシルエットの褪せたジーンズに白いTシャツを合わせ、黒いレザーブルゾンを羽織り、白いキャップを被っていた。発表されたばかりの2022SSコレクションを、カジュアルダウンさせたようなシンプルかつリアルなスタイルで現れ、その姿には気負いが感じられず自然体に見えた。丁寧さと誠実さを感じさせたコレクションは、これからどう発展してくだろうか。クレージュの未来はフェリーチェと共にある。
〈了〉