現実的で幻想的な青い世界を見せるニナ・リッチ

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AFFECTUS No.280

昨年、新型コロナウィルスの脅威が明らかになってから、ファッションデザインの潮流はそのスタイルが、エレガンスであれリラックスであれ、リアリティを重視するスタイルにシフトするコレクションが増加した。だが、その流れは2022SSシーズンが訪れると変化が生じる。ファンタジーの復活である。ファンタジーと言っても様々なテイストがあるが、ここで意味するのは「夢見させるファッション」という広範囲の解釈になり、破壊的なアヴァンギャルドも今回のファンタジーには含まれる。

一方にデザインが傾けば、しばらくして逆ベクトルのデザインに傾く。これはファッションの歴史で幾度なく見られてきた現象である。昨年、リアリティ重視のスタイルが主流を占めた時から、その対極であるファンタジーがいずれ現れるのは自明の理だった。問題は「それ(ファンタジー)がいつ来るのかということ」だった。2021SSシーズンに現れたリアリティへのシフトは、結局1年後の2022SSシーズンに叶うが、この1年という期間をどう見るか。僕は少し早いと感じた。以前ならファンタジーが訪れていたのは、さらに1年後の2023SSシーズン、早くても半年後の2022AWシーズンだったように思え、トレンドの移り変わるスピードが増したように感じる。

コロナ禍の生活による抑圧が想像以上に強く、それがシフトを早めたのか、それともインターネットとSNSの存在によって、日々が新しい情報でアップデートされる習慣がシフトを早める要因となったのか、あるいはその両方か。結局のところ、原因は明らかではないし、明確に判明するものではないが、僕の印象ではやはりコロナ禍における生活が、人々に思った以上の抑圧を与えていて、そんな時代の空気を敏感に感じ取ったデザイナーたちが、ファッションのファンタジー化へ舵を切ったのではないかと思えてくる。それをデザイナーが計算で行ったのか、無意識下で行ったのは、インタビューでもしない限り判明しないが。

前置きが長くなった。今回取り上げるコレクションは、「ニナ・リッチ(Nina Ricci)」2022SSコレクションになる。

2019AWシーズンからニナ・リッチのクリエイティブ・ディレクターに就任したのは、「ボッター(Botter)」のデザイナーデュオ、ルシェミー・ボッター(Rushemy Botter)とリジー・ヘレブラー(Lisi Herrebrugh)の二人だ。ボッターとヘレブラーは、ニナ・リッチのDNAである儚げな美しさを尊重しながらも、徐々にブランドのイメージを変革していく。メンズウェアのエレメントを溶け込ませ、ニナ・リッチにモダニティとマスキュリンを確立する。それが明らかになっていった。

そしてさらにまた新たな色として加わり始めたのが、不可思議なファンタジーである。「コム・デ・ギャルソン(Comme des Garçons)」や「チャールズ・ジェフリー・ラバーボーイ(Charles Jeffrey Loverboy)」のように、破壊的な創造性を示すわけではない。シティウェアとしての現実感をキープし、けれど、街で着用するには不可思議な違和感がリアルスタイルの中に点在している。これが、ボッターとヘレブラーによる新生ニナ・リッチの姿だった。

そして2020SSシーズン、二人のファンタジーはさらなる進化を見せる。

青い壁と床を背景にしたルックには、海なのか空なのか、そこがどこかわからないが、澄んだ空気が伝わってくる。ルックを見ていくと、この青い世界はどうやら海だということが次第に判明してくる。そう思った理由がデザインにある。

ウェットスーツのトップス部分をカットしたようなアイテムに、鮮やかなブルーのジャケットを羽織り、黒いショートパンツをスタイリングしたルックは、いずれのアイテムも絶対的にリアルなのだが、その組み合わせが歪なために奇妙な幻想感が滲んでいる。

このように2022SSシーズンのニナ・リッチは、ウェットスーツから発想を得たアイテムが、テーラードジャケット、ストレートパンツ、ミディアム丈のタイトスカート、ミニドレスといった現代の都市生活に欠くことのできないアイテムたちと溶け合い、一つのスタイルを作り上げていた。

ベーシックなアイテムたちも、ただシンプルなわけではない。ファンタジーが侵食するデザインがなされている。例えば、爽やかなブルーのアウターは、前身頃の左右を横断するようにハートに近い形でくり抜かれ、このように大胆で攻撃的なカッティングがスカートやジャケットに施されており、単純にシンプルとは表現できないデザインに仕上がっているのだ。ただ、決して破壊的なイメージは襲ってこない。その理由はきっと色にあるのだろう。

使用されている色は、ブルーを中心にイエロー、グリーンという明るい色が使われているが、派手さとは無縁な落ち着きが感じられ、それらと一緒にブラック・ブラウン・ベージュといったオーソドックスなカラーが混ぜられ、全体的に鮮やかさはあっても鮮烈ではないトーンにフィニッシュしている。

ルックの青い背景が伴って、まるで海中で暮らす現代人のような、極めて不思議で幻想的な世界が感じられてくるが、服そのものは僕らが見知っているベーシックなアイテムがベースになっているために、同時に現実感も実感できる。

このように、リアリティをベースにファンタジーを演出するデザインは、近年徐々に現れてきた新たなデザイン兆候である。例えば、これが2000年代前半なら、いわゆるアヴァンギャルドという強烈な造形と色、複雑怪奇なディテールの重厚なコレクションが多かっただろう。しかし、今は完璧に夢の世界へトリップしてしまうのではなく、現実世界の中で夢を見せる手法が増え始め、現在のニナ・リッチはまさ現代の最先端デザインを代表する一つだと僕は考えている。

海の中を漂う都市なのか、それとも海が陸にまで上昇してきて都市が飲み込まれたのか。僕らのすぐそばにある生活と隣り合うファンタジーが、ファッションの創造性を高め、時代を次へ持って行こうとする。ルシェミー・ボッターとリジー・ヘレブラーは、ニナ・リッチを新たな領域へ押し上げた。

〈了〉

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