グロテスクも美しいオットリンガー

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AFFECTUS No.281

ファッションを形容する際に多用される表現に「美しい」という言葉がある。この形容詞を、一度も用いたことがないファッションメディアはないのではないか。それほど頻繁に使用される形容詞であり、モードファッションにおいては、その頻度はさらに高まるだろう。

時々、ふと思う。「美しい」とはどんなファッションなのだろうか、と。この形容詞が使われた際のデザインを見てみると、シルエットには優雅さが感じられ、装飾や色使いに上品さが滲んでいる。レースや刺繍のように緻密なディテールが使われていても、過剰な表現にはならず、適度な装飾量であることが多い。現代のブランドで言えば、「クリスチャン・ディオール(Christian Dior)」や「ジル・サンダー(Jil Sander)」、「シャネル(Chanel)」といったブランドが該当するだろう。

しかし、価値観が多様化する現代、人々が美しさを感じるファッションも変わってきた。「コム・デ・ギャルソン(Comme des Garçons)」や、ファッション界から去ってしまったがマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)は、それまで人々が美しさの対象としていなかったファッションを「これにも美しさがあるのだ」と新しい美意識の確立に成功し、デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)も新時代の美意識を、ファッション史の文脈に刻んだ一人である。

醜さにも美しさがある。そういったファッションが世界にはある。そして今の僕は、そんなファッションに惹かれる瞬間が増えてきた。今日取り上げるブランドも、伝統の美しさとは違う美しさの創造に挑んでいるブランドだ。

2015年にクリスタ・ボッシュ(Christa Bösch)とコジマ・ガーディエント(Cosima Gadient)が に設立した「オットリンガー(Ottolinger)」に、僕は毎シーズン惹きつけられている。とは言っても、それは強烈な衝動に襲われているわけではなく、ささやかな体験と言えるほどに、ほんのりと奇妙さに囚われる感覚である。

オットリンガーのコレクションを見る度に囚われる不思議な感覚は、かつての「ヴェトモン(Vetements)」のように怒りを覚えるわけではない。オットリンガーの世界観が静かに染み入るように体内へ入り込む感覚だ。

オットリンガーが見せるシルエットは基本的にシンプルだ。ダイナミックで複雑なシルエットが作られているわけではない。コンパクトで流麗なラインには、伝統のエレガンスを感じることもある。しかし、シンプルなシルエットを作っているはずのパターン・素材・ディテールに変化が加えられ、結果的に服のアウトラインであるシルエットはシンプルだが、服の内部が複雑怪奇な作りとなっているために、伝統のエレガンスとは対極の不気味さが立ち上がっている。

クリーンなグロテスクという矛盾する言葉も浮かぶ。過剰でもなく多大でもなくコンパクトなシルエットを見せる。しかし、植物が身体に沿っていくような気味悪さが確実に迫ってくる造形。色展開は優しい色を使っているのだが、暗い色やまるで絵画のような柄と組み合わせ、コレクションのイメージを「綺麗」に落とさない美的感覚を披露している。一般的に人々が気持ち悪さを覚えるものにスマートな仕上がりを施す。それが僕が実感するオットリンガーの特徴だった。

2021AWコレクションでは、まるで人間の内臓を取り出して染色し、それを服の柄や造形にしたようなグロテスクさが迫ってきた。だが、不思議と恐怖は感じない。気持ち悪さは感じても恐怖は襲ってこない。いったいなんなんだ、この感覚は。

9月に発表された最新の2022SSコレクションは、スイムウェアの解体から発生したデザインが見られた。もちろん、オットリンガーのコレクションなのだから、単純なスイムウェアの範疇に収まるわけがない。パターンは捩れて絡み合い、蛇を思わせるように女性モデルの身体の上を這っていく。ツイストされた形の服から、次第にデニムテイストの素材が合流していき、服は現実味を増していくが、ブルゾンのパターンは斜めに作られており、やはりツイストの印象がしっかりと表現されていた。

コレクションは中盤に差し掛かると、先シーズンに見せた内臓を染色したようなグロテスクな柄のドレスやパンツルックが登場し、薬品で布地を溶かしたかのように所々でモデルたちの肌を露わにするアイテムも現れる。そんなふうにグロテスクがデザインされているにもかかわらず、迫力は感じない。迫力を感じがないがゆえに、強烈な印象が見ているこちら側には刻まれない。実に不思議なコレクションだ。

果たしてこのデザインを好む人が、世界中にどれだけいるのだろうかと訝しむ。だが、惹きつけられるのも事実だった。グロテスクを感じさせても、恐怖は感じさせないセンスは世界でも稀なものだと言っていい。人が美しさを見出さないものに、美しさを見出すブランドに、僕はしばらく囚われそうだ。

〈了〉

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