タオの帰還

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AFFECTUS No.282

「コム デ ギャルソン(Comme des Garçons)」に新ブランドが生まれたと言うべきだろうか。それとも復活と呼ぶ方が正しいだろうか。「トリコ・コム デ ギャルソン(Tricot Comme des Garçons)」が、2022SSシーズンからはブランド名を「タオ(Tao)」に変更することが発表された。これは、2002年から同ラインのデザイナーを務めてきた栗原たおの名前を、ブランド名に冠したことになる。

この新ブランド名は「タオ・コム デ ギャルソン」とはならず、「タオ」のみの表記となる。このネーミングはコム デ ギャルソンでは珍しいことであり、同時に「ジュンヤ ワタナベ(Junya Watanabe)」もブランド名から「コム デ ギャルソン」が外れ、名前のみのブランド名への変更が発表されている。ブランド名の変更は、今年79歳となる川久保玲以降のコム デ ギャルソンを考えた、体制づくりの一環だろうかという推測も浮かんでくる。

モードを長年親しんできた方ならご存知の通り、栗原たおが自身の名を関したブランドを発表するのは、今回が初めてではない。2005AWシーズン、栗原はトリコのデザイナーを兼任する形で「タオ コム デ ギャルソン(Tao Comme des Garçons)」を立ち上げ、パリでもコレクションを発表し、そのデザインは高い評価を得ていた。

栗原の手がけたシグネチャーラインは、コム デ ギャルソンならではのアヴァンギャルドな空気はありながらも、フェミニンでメルヘンな香りが混じり合い、川久保玲とも渡辺淳弥とも違う、「新しいコム デ ギャルソン」と呼べるオリジナルの世界が確立されていた。2006SSシーズン、デビューから2シーズン目となるこのコレクションは「トレンチコートとハンカチ」をテーマに、実に幻想的なコートを発表する。真っ白なトレンチコートは、フレアに広がる裾にはベルギーの白いボビンレースのコースターが使用され、中国のスワウト刺繍のハンカチを素材に用いたトレンチコートは、淡く儚げなブルーがコートの表面を美しく彩っていた。

幼く幻想的な甘さに、創造性の大胆さが辛さを加えて、栗原は自らの想像を世界に宣言していた。現在で言えば、セシリー・バンセン(Cecilie Bahnsen)が同じタイプだと言えよう。違いをあげるとすれば、タオの方がシャープで、バンセンはよりドレッシーと言ったところか。

当時、僕はタオ・コム デ ギャルソンのコレクションが見られることが毎シーズンの楽しみだった。だから、2011SSシーズンにシグネチャーラインの休止が発表されたことはとても残念だった。しかし、タオ・コム デ ギャルソンの中止から10年、栗原の名を冠したコレクションが帰ってくる。これを聞き、楽しみを覚えない方が無理だろう。もちろん、10年前にシグネチャーを休止した後もトリコで栗原のデザインを見ることができたが、デザイナーの名前が外れたラインにはどこか栗原の世界観が薄れたように感じられていた。

では新生トリコ、タオの2022SSコレクションをどうなっただろうか。栗原の世界観が帰ってきたように僕は思う。甘い幻想と大胆な創造性の融合、コートやシャツなどリアルな服の残像を残し、レースや薄手で透ける素材、白やオフホワイトといった優しくニュートラルなカラーに、ボリュームを持たせたメルヘンなシルエットを絡ませ、コレクション中盤になるとデザインの特徴はそのままに、色を黒一色に完全シフトし、辛さを加えていく。

まさに栗原の世界そのものだ。ここにタオが帰還したのだ。

コム デ ギャルソンには川久保玲の後継者問題が横たわっている。現在のコレクションを見ていると、川久保のパワーに衰えは見られず、引退などまだまだ先に思える。しかし、いずれ必ず到来するのが川久保玲の後継者問題だ。いったい誰がふさわしいのか。

仮にコム デ ギャルソン社内から選ぶとするなら、「ノワール ケイ ニノミヤ(noir kei ninomiya)」の二宮啓は有力な候補だろう。二宮のアグレッシブなデザインは川久保玲との共通点が多く見られる。現在、川久保玲が発表する布のオブジェのようなコレクションを発表するならば、二宮が最も適任に思える。

しかし、外野の人間である僕が自由に述べるならば、川久保玲の後継者は栗原たおが最も適任ではないかと思う。理由は、川久保玲とは違うオリジナリティを有しているからだ。二宮のデザインを見ていると、破壊的な迫力を感じるが、これは現在の川久保玲と重なる部分が大きく、「Mini Rei Kawakubo」とも呼べるデザインに感じる。一方、何度も述べている通り、栗原のデザインは甘い幼さが大きな特徴となっている。メルヘンでファンタジーな世界にアヴァンギャルドな味付けを施す。これが栗原のデザインだ。

ブランドのデザイナーが交代するとき、コレクションには二つのパターンが現れる。デザインのテイストが変わる場合と、引き継がれる場合の2パターンである。僕は今のコム デ ギャルソンならば前者が適しているのではないかと思う。現在のコム デ ギャルソンは、大胆な造形を武器にした布のオブジェ的なデザインを発表している。僕はここに時代との齟齬を感じる。

今、アヴァンギャルドはリアリティを併せ持つ時代になっている。その最先端がジョナサン・ウィリアム・アンダーソン(Jonathan William Anderson)だ。この傾向を考えると、現在のコム デ ギャルソンに強烈なインパクトを感じても、僕は新しさをあまり感じない。むしろ、川久保玲が手掛けるコレクションならメンズラインの「コム デ ギャルソン オム プリュス(Comme des Garçons Homme Plus)」の方が、時代と適合したアヴァンギャルドを感じ、刺々しく大胆な迫力と新しさが両立されており、ウィメンズラインで言うならば2000年代に発表されていたコレクションの方にずっと新しさを感じる。

現在のファッション文脈の観点から考えると、栗原が後継者として最も適任に思えてしまうのだ。しかし、これは僕の解釈に過ぎず、異なる考えを抱く方もきっといるだろう。もしくは、現在は全く名前が表に出ていない、完璧に新しい人材を後継者にすることもあるかもしれない。これはより大きな注目度と話題性を呼ぶため、非常に面白い。いずれにせよ、コム デ ギャルソンの後継者問題は推測でしか述べることはできず、今後を見ていくだけではある。

そんなことを考えるに至ったのも、栗原の世界が存分に発揮されたコレクションを10年ぶりに見たからだった。コレクションシーンに楽しみとなるブランドが現れた。今はこの事実を、ただ楽しみたい。

〈了〉

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