AFFECTUS No.283
なるだけ幅広く、なるだけ客観的に。コレクションを見る時はそう心がけるが、どうしたって自分の心が揺れるデザインには偏りが生じてくる。モードの世界に魅了されてから20年以上が経った。どれだけ長い時間を重ねようとも、変わることのない趣向が自分の中にはあるようだ。
新シーズンが開幕すると、僕はそのブランドのコレクションを見ると毎回心地よい気分に浸れる。おそらくそのブランドが、これから世界を席巻するほどの大ブームになるかと言うと、それは難しいだろう。
2009年にウィーンで自身のブランドを設立したピーター・ペトロフ（Petar Petrov）は、ファッション史の文脈にとびっきりの新しさを刻んでいるわけではない。ペトロフが大切にする美意識を、その都度丁寧に丹念に作り上げている。そういう静かな職人的姿勢を感じるコレクションがペトロフのデザインであり、コレクションは「新しさよりも美しさ」という言葉を脳内によぎらせる。
プリントやロゴを大胆に使用した装飾的魅力で惹きつけるのではなく、流麗なシルエットと上品な佇まい、メンズウェアのシックな装いを基盤に、フェミニンな味付けを加えて古典的な美しさが感じられるウィメンズウェアが、現代を生きる女性たちを可憐にも強くも見せる。決して主張の強い服ではない。いや、主張を避けていると言っていいだろう。
ペトロフのデザインを見ていると、僕はNY注目の若きスター、ピーター・ドゥ（Peter Do）のコレクションを思い浮かべる。スレンダーなシルエットで、女性の美しさを布を通してシャープに描く。これがペトロフとドゥに共通して僕が感じる特徴だった。しかし、双方のデザインには違いがある。ピーター・ドゥが成熟を増した未来の姿。それが僕にとってのペトロフであり、ドゥよりも女性像に落ち着きと渋さが匂う。
ペトロフがデザインする服に暗さはない。しかし、明るくもない。主張は控えめに静かに。だからこそエレガンスが香る服。そこに僕は惹かれる。センスがあるとは、ペトロフののためにある言葉だろう。彼の服は美しいが、贅沢や高級感とは違う。かといって、ルーズでカジュアルというわけでもない。美しく寛ぎながら、街を歩く女性の服。ペトロフの持つ秀逸なセンスが、コレクションに静かな美を宿らせている。
2022SSコレクションでペトロフは、約6分ほどの映像を発表した。特別な仕掛けや演出は一切ない。街中を舞台に、コレクションを着用する女性モデルたちが一人ひとり、やや早足で歩く。ただそれだけの映像だ。この潔さとシンプルな演出は、ペトロフの美学を物語る。色はどこまでも優しくニュートラル。シャープな印象を受けるペトロフだが、色にブラック＆ホワイトを使う量は思った以上に少なく、ライトなブラウン、ベージュやバーガンディーに、ピンク、グリーン、ブルーを混ぜて色彩に幅を持たせてコレクションを展開する。ただし、明るい色であっても派手さとは無縁なトーンだ。
トレンチコート、ロングレングスのドレス、デニムパンツ、シャツ、ブルゾン、ワークジャケットなど、登場するアイテムはいずれもシンプルなデザインだが、鋭さ覚えるカッティングで服にキレを生み出し、モデルたちの歩行に合わせて服が空気を含み揺れる様子は美しく、モニターの向こう側へ僕の目は惹きつけられる。
ドレスはペトロフの中で、最もフェミニンな匂いを感じるアイテムだろう。2022SSコレクションではランジェリーライクなドレスも登場し、色気を添えることをペトロフは決して忘れない。「服は着るものだが、脱ぐものでもある」。おそらくヘルムート・ラング（Helmut Lang）の言葉だったと思うが、服に色気は必要だ。
このコレクションで僕が最も惹かれたスタイルは、4分30秒ごろに登場する。映像で見る限り、おそらくレザーを素材にしたであろう、エポーレットが付いた黒いブルゾンは、ドロップショルダーでオーバーサイズ。そのブルゾンに黒いシャツと、ややフレアなシルエットの黒いパンツを合わせたマニッシュなスタイルだが、男性が着用しても現れないエレガンスが滲み出ている。
古着で見つけたサイズの大きいメンズブルゾンを、自分のワードローブである黒いシャツとパンツに合わせてスタイリングする。そんな女性のイメージが浮かび、モデルの身体にフィットしないシルエットが静かで美しい色気をまたも演出する。ペトロフの服には無骨さを感じることが多いのだが、同時にドレープを効かせたドレスを眺めているような、流麗な滑らかさも感じられる。
大きな衝動に襲われるわけではないペトロフのコレクション。しかし、彼の美意識が染み入る感覚は心地よく、次のシーズンもペトロフの新しいデザインを見たいという思いへ心が動く。新しい服というより、新しいニュアンスの服。そんな服に僕は目がとまってしまう。ペトロフは、ファッションのニュアンスを新しく美しく見せる。
〈了〉