ダニエル・リーが追うリック・オウエンスの文脈

スポンサーリンク

AFFECTUS No.285

前任のトーマス・マイヤー(Tomas Maier)の後を継ぎ、ダニエル・リー(Daniel Lee)が「ボッテガ・ヴェネタ(Bottega Veneta)」の新クリエイティブ・ディレクターに就任し、リーのデビューコレクションが発表されたのは2019AWシーズンだった。マイヤーのボッテガ・ヴェネタに僕はクラフトワークや渋い人間像を感じていたが、リーは新しいボッテガ・ヴェネタを披露した。

ファーストルックに登場したミドルレングスのブラックドレスは、左右の首元から胸元に向かってカッティングがややカーブを描きながら下方し、バストの上で水平に真っ直ぐにカットされたラインと繋がる。素材の艶やかな黒い輝きと、シャープでクールネスなカットがそれまでのボッテガ・ヴェネタのイメージを書き換え、空気が一気にミニマリズムを帯びるほど颯爽で、キレのあるコレクションへと転換された。

だが、しっかりとマイヤー時代のクラフトの残像を感じさせるディテールがその後登場する。一見するとピンタックのように横向きの細かい襞が連続するディテールは、スティック上の細長い物体を横向きにして縦に並べた、丸みのある凹凸が連続したものだった。シングルライダースが発想源だと思われる、ブラウンのレザーブルゾンは切り替えが身頃と袖に入れられ、ブルゾンの表面はワニの皮膚を見ているかのようだ。

スタンダードなテーラードスーツも登場するが、ジャケットとパンツ、双方のシルエットにズレを覚える。ジャケットは、硬く平なショルダーラインと高めに設定されたフロント釦の位置がシルエットの重心を高く見せ、直角に作られた前端から裾に繋がるカッティングと緩やかにシェイプするウェストが、ジャケットをクラシック&ストロングに見せる。一方パンツは、大腿部のシルエットが膨らみ、量感のあるフォルムが裾に向かって少しテーパードし、ルーズな雰囲気を醸す。

上下で似ているようで、似ていない、いや似ているのかもしれないと、感覚が二転三転するシルエットバランスは、ストリート的なニュアンスも感じれる。ストリートウェアを愛する青年が、ジャケットはジャストサイズを選んだが、パンツはワンサイズ上を選んだ。そういうイメージだ。

その後、リーは爬虫類の皮膚を思わせるテクスチャーの素材に、リック・オウエンス(Rick Owens)的曲線と大胆さを混ぜたパターンワークを、ニットやコートにも織り混ぜ、SFワールドさえも感じさせてくる。リーによる初めてのボッテガ・ヴェネタは、未来のクラフトと言えるコレクションを披露した。たしかに、マイヤー時代から雰囲気は一変した。しかし、ボッテガ・ヴェネタのDNAを完全に無視したわけではない。工芸的側面を未来的・SF的に表現する。これがリーのボッテガ・ヴェネタだった。

爬虫類、SF、未来という3つのワードを浮かばせた、リーのオリジナリティには単にクール&シャープとは表現しきれない、不可思議でおかしなバランスが組み込まれている。このリーのオリジナリティをより強調したコレクションが、今秋に発表された2022SSコレクションである。ここで、リーはさらに新しい方向性へ舵を切った。ディレクター就任後、リーは奇妙なバランスを匂わせながら、全体的にはクラフト感を抑えたクールで洗練のコレクションを発表してきたが、2022SSコレクションではその洗練を乱す違和感を投入する。

ホルターネックの白いミニドレスは、健康的な色気と上品なお嬢様イメージが両立させるスタイルだ。しかし、ホルターネックの襟元から黒いラインが無数にウェスト部分に向かって伸びていき、今度はウェストの左右両側面から伸びていた黒いラインが、首からウェストに向かって下方していた黒いラインの進行を断絶するように斜めに横切る。ウェストラインから現れたラインの進行はそれでは終わらず、急激にスカートの裾に向かって進行方向を変えて下へと落ちていく。

お嬢様ムードを壊す未来的イメージを掻き立てる違和感の投入だ。このように他のルックでも、ランダムに所々で膨らむボリュームがコートやドレスに配置され、スカートの裾が簾状に揺らめくディテール、1960年代に披露されたパコ・ラバンヌ(Paco Rabanne)のアルミニウム製ミニドレスと似た印象を抱くが、金属の花がドレス一面に咲いたように見えるドレスもデザインされ、不調和で不均衡な感覚が次々と襲ってくる。

2022SSコレクションを見て思うのは、やはりリーのデザインはファッション文脈的にリック・オウエンスと同じ系統に位置しているということ。ただし、二人の表現する未来派デザインには微妙に差異が横たわる。リックの未来は、地球とは異なる惑星に住む生命体たちの美的感覚を、この地球に持って帰って来たようなエイリアン的感覚で、リーが見せる未来は、今から数十年後、数百年後の地球の未来で醜いとされたものを、現代に持ち帰って来た「未来のアグリー」と言える類のものだ。

ボッテガ・ヴェネタを舞台に、リック・オウエンスが切り拓いた文脈へ、新たなる解釈を刻むダニエル・リー。また一つ、次の時代に向けたファッションが始まる。

〈了〉

スポンサーリンク