20世紀のアントワープの影が匂うホダコバ

スポンサーリンク

AFFECTUS No.286

「ホダコバ(Hodakova)」というブランドの名を、聞いたことがある方はどれほどいるだろうか。僕自身も2022SSシーズンで初めて知り、スウェーデン出身のデザイナー、エレン・ホダコバ・ラーション(Ellen Hodakova Larsson)が立ち上げたこのブランドは、おそらくほとんどの方にとって無名のブランドになるはず。

2022SSコレクションで発表されたホダコバのアイテムが、僕の記憶と感情を20世紀へと巻き戻す。それは決して悪い意味ではなく、良い意味でだ。

「クリスチャン・ディオール(Christian Dior)」伝統のバージャケットをバストから上のパターンと袖をカットし、チューブトップ型のトップスに変化させたアイテムと、ストレートパンツを組み合わせた上下ブラックカラーのルックは、マスキュリンとフェミニンがダークな世界観で統一が図られ、黒いテーラードジャケットと黒いロングスカートをスタイリングした、ロング&リーンのブラックスタイルは、モデルが着るアイテムは一目見てテーラードジャケットだということはわかるが、ホダゴバはジャケットの表情を標準の型から崩す。

ジャケットは身頃のダーツ、内袖の切り替え線、裾から白いラインを覗かせる。写真越しで見るため詳細は不明だが、縫代が服の表側に出されているようなディテールだ。スカートは左側前面に深いスリットが入り、シンプルなディテールでインパクトを添えることに成功している。

ここまで言及したアイテムは、特異なディテールは見られてもフォルム自体は比較的シンプルだった。だが、ホダゴバは誇張したフォルムも発表している。

またもテーラードジャケットを発想源にしたであろうアイテムが登場するが、バストから上で胸の厚みを感じさせるボリュームが作られ、広い肩幅がさらに厚みを加え、加えてワイドに広がった両肩からウェストに向かって急激に絞られたシェイプが、パワフルな印象を与える。

ホダゴバはドレスも発表しており、ドレスの多くがロングレングスだ。ほんの少数型だけミドルレングス、ミニレングスのドレスが混じるが、レングスの長さに差があろうとも、ホダゴバのドレスにはクラシックがベースにあり、その面影を残しつつ、素材使い・ディテール・ボリュームに変化を最小限に加えたアヴァンギャルドを付け足す。「コム デ ギャルソン(Comme des Garçons)」が黒い生地を使って、ミニマムデザインに挑んだとでも言えばいいだろうか。

決して「ジル・サンダー(Jil Sander)」のようなピュアでクリーンなミニマリズムではない。装飾性と複雑性がドレスのどこかに紛れ込んでいる。だけど、アヴァンギャルと呼べるほど大胆かつ奇抜ではない。アヴァンギャルドな精神を持つデザイナーがデザインするミニマリズムだと述べるのが、最も適している。

発表された全てのルックを見終えて、僕の頭にすぐさま浮かんできた言葉が「ブラックな90年代マルジェラ」だった。細く長いシルエットはドレッシーで、一方でフォルムやディテールには退廃的空気が至る所に匂い、1990年代に発表されたマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)のコレクションを、ブラックカラーで染めたような質素かつ奇妙な服がデザインされている。

コレクションのクオリティは、デビューして1年ちょっとのブランドとは思えない仕上がりだ。このような才能が、スウェーデンから現れたのかと軽い驚きを覚える。僕はデザイナーやコレクションについて書く際、読者になるだけ先入観なしにデザインにフォーカスして欲しいため、デザイナーのキャリアに極力触れないが、ホダゴバのデザイナーであるエレンは、2019年にスウェーデン・スクール・オブ・テキスタイル(Swedish School of Textiles)を卒業していて、ロンドンのセントラル・セント・マーティンズ(Central Saint Martins)やニューヨークのパーソンズ(Parsons School of Design)といった世界に名だたる有名ファションスクールを卒業しているわけではない。

僕はホダコバから、もう一つの名門ファッションスクールの影を強く感じた。そのスクールとは、アントワープ王立芸術アカデミー(Antwerp Royal Academy of Fine Arts)である。ただし、それは現代のアカデミーではなく、1980年代から2000年に及ぶ20世紀のアカデミーを指す。アン・ドゥムルメステール(Ann Demeulemeester)、マリナ・イー(Marina Yee)、マルタン・マルジェラ、ヴェロニク・ブランキーノ(Veronique Branquinho)、アンジェロ・フィギュス(Angelo Figus)……。荒々しさと繊細さが同居し、暗いエレガンスが美しいという価値観を時代に焼き付けた20世紀のアンワープ派デザイナーたちの服は、21世紀に入ってからのアントワープではあまり見られなくなった。僕が最も好きだった時代のアカデミーとホダコバは重なる。

これは懐かしさに浸る感傷的な感情かもしれない。ただ、懐かしくとも20世紀のアントワープは僕にとって美しかった。常に最新が価値あるとされるファッション。しかし、必ずしも過去が最新よりも劣るとは限らない。

〈了〉

スポンサーリンク