ゴースト・イン・ウェルダン

AFFECTUS No.287

「囁くのよ、私のゴーストが……」

そう言ったのは『攻殻機動隊』の草薙素子だった。電脳技術が世界に浸透した近未来を舞台にしたこのアニメで、全身を義体化した(サイボーグ)草薙素子は、直感による判断を「ゴーストの囁き」と称し、物語の中で度々ゴーストによる直感を呟く。

ファッションにおいて遭遇したブランドに惹かれるか否かは、結局のところ直感の占める割合が大きい。コレクションを見た瞬間、服に触れた瞬間、袖を通した自分の姿を鏡で見た瞬間、閃きが脳裏をよぎれば、あなたが身につけた服が魅惑のブランドリストに入る確率は、胸の鼓動と共に高まる。

眩いばかりの煌びやかな光が、時代を欲望的に見せた1980年代のファッションに、洗練と妖気をコーティングした服がモードのステージを闊歩する。2015年に韓国のソウルで、ダミ・クォン(Dami Kwon)とジェシカ・ジュン(Jessica Jung)の二人が設立したブランド、「ウェルダン(We11done)」は 僕が1980年代に抱いていたイメージを揺らす。

コレクションを支配するのは妖しく鈍く光る黒だ。素材によって黒は様々な表情を見せ、モデルたちが着用する服に暗い影を負わせる。だが、ここで暗い影と述べたイメージは陰鬱ではない。真夜中に欲望を求め彷徨う。例えるなら、そういう類の男女がイメージされ、陰鬱とは対極の性質を持つ人物たちだ。暗い世界を積極的に生きる人間たちはいる。

言うなれば、ウェルダンとはそういう人間のための服なのかもしれない。さらにイメージは膨らんでいく。ブランドのキーカラーとして使われる黒は、アイテムだけでなくモデルたちのメイクにも印象的に使われていた。2021SSコレクションで女性モデルたちの目は黒く縁取られ、その姿は睡眠を取ろうとしても眠りにつくことができない、しかし寝不足には陥っていないという、不思議で怪しい暗さを想像させる。

ウェルダンが見せる暗さは、黒を使わずとも暗い想像を掻き立てる。2021AWコレクションに登場するモデルたちの肌は白く、その白さは死人の表情を思い浮かばせた。黒い髪と生気の抜けた表情でブラックのミニドレスを着て、顔をやや下に向け、けれど目線を上げて前を向いて歩く。

ウェルダンを纏うモデルたちは、死者として眠っていた墓地の下から蘇り、街へ向かうように見えてくる。死者、いや正確に言うならば、ウェルダンはゴーストのためのモードファッションを作っているかのようだ。ファッションを好きすぎるがあまりに、死んだ後もファッションへの情熱が冷めず、真夜中に目を覚ましてモードを求める人間たちの生きる世界が、ウェルダンにはある。

ウィメンズウェアをよく観察すると、ガーリーなシルエットやディテールが浮かび上がってくる。決してコンサバやクラシックな匂いは感じない。ただし、ガーリーと言っても甘くはない。辛さのあるガーリーだ。黒いミニのレザースカートと黒いニットを着て、ロック&パンクを好む少女が、甘さを黒く染めていく。

ギャザーで柔らかいシルエットを形作る袖やスカートが、多数発表された2022SSコレクションは、僕がウェルダンに抱いたガーリーイメージが至る所に散らばっている。もちろん甘さと幼さは感じられず、怪しく暗くパンクな少女が大人になっても、少女時代に好んだ服を成長した自分好みの服を着たい。ウェルダンガールは、色気の成分を増したデザインを選んで着ていた。

コレクションを見ていて、独特の人物像を立ち上げるデザインは、記憶に強く刻まれる。モードとはファッションではなく、人間をデザインする行為でもある。ウェルダンはモードの基本を実践している。

デザイナーのダミとジェシカが、どういう発想でウェルダンをデザインしているかはわからない。正直に言えば、僕はそこに興味はないし、特段二人に聞きたいこともない。これはウェルダンに限った話ではなく、僕はデザイナーの代弁者になりたいわけではない。ただ自分がコレクションから感じたことを、自分の感情と感覚が感じたありのままに、言葉にしたいだけなのだ。そこに自分だけに見えた世界があったなら、それを言葉にしたい。自分のゴーストに正直になり、モードを書く。

「ウェルダンは、ゴーストたちのためのモードウェア」

そう囁く。僕のゴーストが。

〈了〉

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