AFFECTUS No.298
メンズウェアの領域で、ストリートとラグジュアリーの融合に初めて成功したデザイナー、それはキム・ジョーンズ(Kim Jones)ではないだろうか。「ルイ ヴィトン(Louis Vuitton)」2017AWコレクションは、キムが果たした奇跡だった。
ストリートのキング「シュプリーム(Supreme)」が、ラグジュアリーの最高峰とコラボレーションしたことには批判もあった。「カルバン・クライン(Calvin Klein)」がケイト・モス(Kate Moss)を起用したポスターを使ったプロモーションなど、シュプリームの歴史は体制に対するカウンターの歴史でもある。それまでの歩みを鑑みれば、ファッション界の頂点に位置するルイ ヴィトンと手を組むことは、シュプリーム自らの否定と捉えられても仕方がない。
しかし、2017AWコレクションには、文脈的に新しさが生まれていたのも事実だった。ストリートに生きた少年たちが成長し、あれほど嫌っていたスーツを着なくてはならない年齢と環境に至るが、ただ世間の常識に倣ったスーツのは着こなしはしたくない。自分の好きなシルエットとボリュームでスーツを着こなす。少年と青年、双方の精神が混じり合ったストリートマインドが、クラシック&ストリートとして形になったコレクションが2017AWシーズンのルイ ヴィトンだった。
キムは2018年から「ディール メン(Dior Men)」のアーティスティック・ディレクターに就任するが、僕がディオール移籍後のキムから感じたのは伝統のエレガンスへの歩み寄りだった。
ディオールと言えばファッション界の伝説であり、このブランドのディレクターともなれば、世界最高峰の名声が得られる。単なるビジネス規模だけでは測ることのできない巨大さが、ディオールにはある。ラフ・シモンズ(Raf Simons)は、ディオールのデビューコレクションとなった2012AWオートクチュールコレクションで、ショーを直前に控えたプレッシャーに涙を流す姿がドキュメンタリー映画に映し出された。ラフほどの人物であっても、プレッシャーに耐えられなくなる存在がディオールなのだ。
キムはディオール移籍後初の2019SSコレクションで、ディオールの甘く硬いエレガンスを尊重したメンズウェアを披露し、ストリートの匂いを可能な限り消失させている。このコレクション自体は素晴らしい。こんなにもフェミニンな美しさを、メンズウェアの中で表現できる技量も持っていたのか。そう思える驚きが、キムのディオールにはあった。
表現の振り幅の広さと深さは、キムの武器でもある。だからこそ、今では「フェンディ(Fendi)」のウィメンズで、アーティスティック・ディレクターを兼ねることができるのだろう。現在のキムを見ていると、「シャネル(Chanel)」「フェンディ」そして自らのブランドを同時進行させた、生前のカール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)に最も近い存在に思えてくる。
だが、やはりキムの本領はストリートにあるのではないか。そう実感したのがディオール メン2022リゾートコレクションである。
そうは言ってもこのコレクション、土台はディオールの美が土台としてある。それは間違いない。ただ、それまでキムが手がけてきた、いずれのディオールよりもストリートへの振り幅が大きいように僕は感じた。上質なブラウンの光沢が美しいブリティッシュライクなコートは、シルエットに野暮なニュアンスを滲ませ、同色同素材のパンツはスウェットパンツのようにルーズで、ダッドなスニーカーのアッパーで裾がだらしくなくクッションを起こしている。
淡いピンクベージュの生地に薄く細いストライプが走り、半袖で仕立てられたオープンカラーの半袖シャツは、ハイネックの白いカットソーをシャツの下にレイヤードし、首元に細いチェーンのゴールドネックが覗く。ややクリームがかったホワイトのパンツは、先ほどのルックと同じくルーズなシルエットで裾をたゆませていた。昭和のヤンキーファッションが、ディオールが持つ極上の美しさで更新されたかのようなスタイルだ。
極め付けはニットアイテムだった。身頃と袖の全体をレオパード柄のテキスタイルで覆われたカーディガンとトップスは、これまた昭和の日本人野球選手の王道ファッションに通じるダサさを思わす。加えて、赤い薔薇が大胆に施された黒いニットも同様の印象を僕に与える。ミニマリズムの時代に見たなら、間違いなく嫌悪感さえ抱くスタイルだろう。だが醜さが美しさとして浸透した現代では、実に魅力的なスタイルに仕上がっていた。逆にいえば、今の僕はミニマリズムを徹底的に表現したスタイルに、物足りなさを覚えてしまうかもしれない。
キムにはアウトローな香りが匂うファッションが最も似合う。ディレクターという立場上、ブランドのDNAをおろそかにはできない。ましてやディオールともなれば、なおさらだ。それでも僕にキムに願ってしまう。ファッション界の頂点から、体制にカウンターを仕掛けるメンズウェアの更新を見せ続けて欲しいと。ストリートの精神が浸透したアウトローなメンズウェアで、ディオールの硬質で甘美なエレガンスをねじ伏せて欲しい。上品な癖で男を美しくしたスタイルにこそ、キム・ジョーンズの本領は現れる。
〈了〉