AFFECTUS No.299
2022SSコレクションのトップに登場するのは、スウェットの質感を思わせる半袖トップスとショートパンツという、モードのコレクションとは思えない最高にカジュアル&シンプルなスタイルだった。素材の色はライトグレー、トップスとショートパンツには黒字でプリントされたメッセージが入っており、いっそうカジュアル度を強める。
「このランウェイは、誰かのプライベートルームなのか?」
そんなことを思うほどに、リラックス感が強烈にルックから迫ってくる。
ただ、「ヴァケラ(Vaquera)」はカジュアルの王道スタイルに、ある一つの仕掛けを施す。モデルはシルバーの光沢がぎらつく素材で作られた、大ぶりのたすき状のアイテムを肩から斜め掛けにし、スタイルはクエスチョンマークが浮かぶ不可思議さを立ち上げた。
2番目に登場したルックも、カジュアル以外の形容は浮かばないスーパーカジュアルスタイル。膝にまで届くロングレングスの、白い長袖Tシャツをワンピースのように着て、ボトムには褪せたグレーのデニムを合わせている。デニムの素材感は、平成の秋葉原に集うオタクたちが穿くデニムを追わせるケミカルウォッシュデニムで、ヴァケラでは色がブルーからグレーに転換しているために、お洒落感が生まれているのは乙である。それにしても、近所のコンビニにでも出かける服装だろうか。またまた、そんなことを思ってしまう、気怠く容易なスタイルの登場だ。
だが、再びヴァケラは違和感をぶち込む。またも光沢眩しいシルバー素材を用いて、今度はスリップドレスを作り、そのアイテムをモデルは白いロングTシャツの上からレイヤードする。先ほどはコンビニルックと思えたスタイルに、一枚のスリップドレスが色気を立ち上げ、スタイルを妙に艶かしく見せる。
スタイリングされたアイテムの文脈とは別種のアイテムを唐突に混ぜる手法は、その後アイテムそのものを大胆に変化させていく。トップスは腹部付近でカットされ、ケミカルウォッシュのグレーデニムも膝下でカットされ、丈を短くするというただそれだけの手法、素材の組み合わせと活かし方で「普通のスタイル」に挑戦的イメージを作り上げるアプローチに、僕は巧さを覚える。
起用されるモデルも、いわゆるファッションモデルとは一線を画す。登場するモデルはいずれも一癖も二癖も感じさせる、濃く強い個性を持つ。決してファッション誌の表紙を飾ることはないだろうが、ショーというライブ空間でヴァケラのコレクションを最も輝かせるのは、このモデルたちしかいないだろう。
次々に発表されるルックを見ていくうちに、僕はなぜかジョン・レノンとオノ・ヨーコの名が浮かんできた。1960年代から70年代の二人のスタイルに、現代モードの視点からアグレッシブな印象抱くデザインに生まれ変わらせたスタイル。それが僕が直感的に抱いたヴァケラの2022SSコレクションのイメージだった。
ヴァケラの服は、オートクチュールとは対極に位置する。最高級の素材、熟練した技術、数十時間も要して作られた緻密で迫力の装飾的ディテールなど、オートクチュールを構成する要素とは異なる要素がコレクションの至る所に見られる。
ファッションの価値とは何だろうか?
服を作ることに費やされた時間とお金がファッションの価値を作るのだろうか。そうしたプロセスでしか生まれない、ラグジュアリーな価値もある。一方でファッションには、明らかにチープな素材、簡単な仕様、カジュアルスタイルで人々を見事に魅了させる価値もある。
僕がヴァケラを初めて知ったのは今から3年前、2019SSシーズンが発表された2018年の秋だった。当時、ファッション界にはジェンダーレスの波が押し寄せ、メンズとウィメンズの境界は曖昧になり、双方のウェアをショーで同時発表するブランドが増加していた。ファッションは良くも悪くも、世の中の流れに敏感だ。その姿勢は時には「経営もトレンドで決める」と揶揄される。だが、ジェンダーレスはストリートウェアと同様に、一時的現象ではなく普遍化を始めた。
ヴァケラが2019SSコレクションで披露したのは、僕が当時「Instgaram Elegance」と呼んでいたエレガンスの進化だった。プリントやロゴなどの平面的要素を大量に用いてデコラティブに表現する主張。そんなファッションが当時のInstgramでは散見され、そのスタイルを僕は「Instgaram Elegance」と呼んでいた。ヴァケラはそんな時代から一歩先へ進む。主張をロゴやプリントといった平面要素から、服のフォルムという立体要素に軸を置いたコレクションをデザインし、平面から立体への移行を果たして「New Instagram Elegance」と言える更新を披露した。
その後もヴァケラは僕の心に引っかかりを残すコレクションを発表していく。
2019AWコレクションは、「New Instagram Elegance」を発表した2019SSコレクションの系譜を受け継ぎ、今度はアフリカをメインテーマにジェンダーレスが組み合わされ、デザインのダイナミズムをトレンドのプリントや装飾ディテールで表現するのではなく、フォルムにフォーカスする仕上がりを見せる。そうして誇張された立体感が、シンプルな服に不思議な違和感を作り出していた。
ヴァケラは、これまでモードの世界では否とされていた美意識にフォーカスして訴えかけるようでもあるが、それをシリアスに表現するだけではなく、ユーモアとクリーンさの双方を使ってデザインする。ヴァケラを「美しい」とか「カワイイ」とか、これまでファッション界では当たり前に使われてきた形容詞で表現することは困難だ。
歪なアバンギャルド造形、ストリート、踊り子、ドレス、ジェンダーレス、さまざまな時代、さまざまな場所のファッションが混ざり合い、ヴァケラは今までの美の価値観に斜めから疑問を投げかける。
〈了〉