AFFECTUS No.302
前回はタイトルで言うところの「これまでのファッション」を振り返ったことになる。今回考えていきたいのは「これからのファッション」である。前回の最後に僕は、以前のストリートのようなビッグトレンドが時代を引っ張っていく現象は、しばらく生まれないのではないかと述べた。その理由について話していきたい。
まず、現代の人々の暮らしについて考えてみよう。ファッションが変化する時、人々の暮らしの変化が大きく密接しており、ファッションの歴史を振り返るとそれが如実に現れている。現在の大きなポイントとしては、周知の通り新型コロナウィルスの影響によって人々は室内での暮らしが強いられ、日常的なリアルでのコミュニケーションも家族などの限定的な関係性に絞られてしまった点があげられる。
昨年、未知のウィルスの脅威が世界中に及ぶと、ファッションは主張の強いデザインよりも心地よく快適に過ごせるリラックス感の強い服が、モードにも現れるようになった。これは前回でも述べたことだが、やはり人とリアルで出会う機会が減少すれば、自らの装いにそこまで気を使わなくなるのは当然の現象だろう。
「自分が心地よいと思う感覚を大切にするようになる」。
ここに僕は、これからのファッションを考える大きなヒントがあると睨む。
人は、これまでのプライベートな作業(ここではあえて作業と呼ぼう)に加えて、仕事や学業も自宅で行うようになり、心地よさを大切するようになる。昨年現れたリラックスは、心地よさを望む心理がファッションとして具体化したものだと言えよう。過ごしやすく働きやすいスタイル、それがリラックススタイルであり、「エルメネジルド ゼニア(Ermenegildo Zegna)」は2021AWコレクションで、得意のテーラードスーツにルームウェアのような素材感とシルエットを取り入れ、穏やかなムードに包まれつつ、上質さをしっかりと伴ったジャケットやパンツを発表した。
しかし、自分が心地よいと感じるのは、必ずしもゆったりとしたリラックスウェアに限らない。
こう考えるのはどうだろうか。
「自分の好き」を体験することも心地よい。
室内で過ごす時間が増えることで、他者からどう思われるか、どう見られるかという意識は大幅に薄れ、代わって自分が最も心地よく感じられるもの=自分の好きを大切にするようになる。
リアルでの、他者とのコミュニケーションが限定された現在の状況が続けば、僕は「自分の好き」を大切にする人々の意識と暮らしが継続し、その傾向がより強くなっていくのではないかと考えている。他者からの視線よりも自分の好きを大切にする意識が浸透すれば、世界のファッションは一つの大きなトレンドに引っ張られるのではなく、トレンドから外れたとしても個々が好む服を着るスタイルが主流になるのではないか。
極端な例でいえば、パンクをこよなく愛する人間が、室内でパンクファッションを着ることが心地よく感じられることもある。実際には、室内で過ごす服としての緩さは必要になると思われる。
人々が自分の好きなスタイルを室内でも楽しむ世界が日常になれば、ますます様々なスタイルが乱立する時代になる。いくつものスタイルが混在した状態そのものが、ビッグトレンドと言える時代になっていく。それが、昨年から今年にかけてモードを観察し、僕の感じた「これからのファッション」だった。個性の表現はモードの大前提で、今更言うことではないが、際立つ個性を感じさせるコレクションを発表することが、ブランドにとってより重要になっていくのが今後のモードだと僕は感じる。
デザインが先鋭化すると市場が狭くなり、ブランドが売上を拡大させることが難しくなりそうな予感もする。そう考えると、新型コロナウィルスの影響はやはりファッションにはマイナスの側面が大きい。ブランドのビジネスを伸ばすとなると、ブランド単体で伸ばすよりも、異なるデザインを持つブランドを複数抱える企業という形態なら、ブランドビジネスを伸ばせそうにも思える。そういう意味で言うと、2019年に「ファーフェッチ(Farfetch)」に買収されたが、「オフ ホワイト(Off White)」や「ヘロン・プレストン(HERON PRESTON)」などの運営会社「ニューガーズグループ(New Guards Group)」は面白いなと思う。
でもニューガーズグループよりも、もっと巨大な存在がある。「LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)」だ。まさに、様々な個性のブランドをいくつも抱えるビジネスで巨大になっていったLVMHは、僕のモード体験の始まりとなった約20年前と比較しても、単純に企業規模の巨大さよりも、存在感・影響力が強大になったことが印象深い。存在感・影響力は企業規模にある程度比例するものだろうけど、LVMHは思った以上に影響力を強めている。
再びここで伝えよう。
個々が自分の好きをより大切にするようになり、様々なスタイルが乱立する状態。それが僕の考えるこれからのファッションである。もし、この現象に変化が起きるとすれば、それは新型コロナウィルスが収束し、暮らしがコロナ以前の状態、つまり他者からどう見られるか、どう思われるか、という意識が人々の間に再び生まれ出した時ではないかと予測する。世界が新型コロナウィルスの脅威に怯える必要がなくなった時、また一つのビッグトレンドが時代をリードしていく現象が訪れるような気がしてならない。
あらゆるスタイルを肯定し、楽しめるのがモードの面白さだが、自分の体験ではモードが熱狂的に楽しくなるのはビッグトレンドが現れた時だった。凄まじい影響力を発揮するブランドが現れ、ブランドのスタイルが世界の中心となる。それほどの大きな影響力が生じるから、カウンターとなるデザインが生まれ、かつそのカウンターデザインにもパワーが備わっている。一つのスタイルに世界を支配される方が、モードは面白いという矛盾がある(僕の感覚では)。
やはり僕はあの熱を再び感じたい。正直に述べれば、僕は現状のモードに少々物足りなさを覚えている。「ヴェトモン(Vetements)」が席巻していた頃の激る感情が、今はなかなか感じられずにいる。あの熱く激しい感情に会えるのはいつだろうか。時代が変わるまで待つしかないのか、それとも時代を変えてしまうブランドが登場することを期待すればいいのか。これまでのファッションの文脈を書き換える、新しい才能の出現が待ち遠しい。
〈了〉