AFFECTUS No.304
心に引っ掛かりを残すブランドとの出会いは、偶然であることの方が面白い。肩に力を入れ、「さあ、探すぞ」と構えるよりも、むしろブランドを探そうなんて思わず気軽に気楽に眺め、「まさか、今?」と思うぐらいの予想外のタイミングで出会える方が、驚きと刺激が格段に勝る。
折を見てチェックする「ハイプビースト(Hypebeast)」のアプリを見ていた時だった。
「何か面白いニュースあるかな」
その程度の軽い気持ちで、スマートフォンの画面を高速でドラッグさせていた人差し指は、突如目に飛び込んできた2枚のルックに動きを止める。暗闇の中、スポットライトを浴びて浮かび上がる男たち。キャップを被る姿にはストリートの匂いが、全身を写す姿にはクラシックな匂いが漂う。しかし、抱いたイメージとは逆に男たちが着る服はカジュアルで、視覚的に複雑なディテールを好まないクラシックウェアとは対極の、技巧を凝らしたパターンの影が写真越しからでも伝わってくる。
僕は画面をタップし、他のルックを見始める。オーバーサイズの黒いコートとキャップに、鮮やかなブルーのトップスとパンツが映え、コートは肩が落ちて、サイズ感に緩さが見られるが、気怠さとは逆の端正な雰囲気を醸す。
ビッグシルエットやアグリーが顕著になった昨今のモードシーンで、2021AWシーズンにスタートしたばかりの新ブランド「タム(Thamme)」は、ストリートを匂わせながらもモード王道のクールな美しさを表現してくれ、そこに惹かれた……だろう、以前の僕なら。タムのコレクションに僕が惹かれた本当の理由は、クールなモードの背後にある。
視線は黒いコートの左前身頃に向けられる。胸の高さあたりの前端から脇線に向かって斜めに切り替えが走り、切り替え線にはファスナーの入口が見え、そこがポケットであることがすぐにわかった。ただの切り替え利用のポケットに反応したのか?いや、そうではなかった。
僕の意識を捉えた正体はポケットの袋布だった。本来なら身頃の裏側に隠れているはずの胸ポケットの袋布が表側に出され、ぶら下がっている。しかも袋布と言うにはやけにサイズが大きく、そのサイズ感に僕は「巾着」という単語が浮かぶ。ダークトーンの色をベースにしたシックでエレガントなスタイルに、大きすぎる袋布が左胸からだらっとぶら下がる様子は奇妙でおかしい。
このようなディテールはない方が、ずっとカッコいいはずだ。しかし、それは20年前の話だろう。今のモードは、クールであっても完璧なクールに見せないことが最も先端的なアプローチなのだ。一部の隙もないカッコよさは、カッコいいものではなくなった。
コレクションの観察を続けよう。
アウターは、またも先ほどの表側に出された巾着的袋布が、ワークウェアの香りがするベーシックなデザインのコートに登場した。オーバーサイズシルエットは、何度見てもカジュアル&ストリートを感じさせるが、合わせるパンツはスレンダーなシルエットが多く、パンツだけに目を向ければクラシカルなエレガンスが立ち上がっている。違和感の連続は続いていた。
あるテイストが見えたと思ったら、そのテイストとは異なるディテールが控えめに姿を見せる。タムのコレクションにはいくつもの不思議が、あちこちに配置されていた。デザイナーの玉田達也は、多くの人たちがクールな感覚を抱くイメージに、そのイメージとはミスマッチを起こすディテールを挟み込み、ファッション常識の美意識を微妙にずらしていく。なんだか、タムのコレクションがとてもロジカルなデザインに感じられてきた。デザイナーが自分の中の激る情熱をコレクションに表現した。そういう類のコレクションとは別の、冷静で知的で冷めた情熱が仕上げたコレクション。
「これだ、これだよ」。
感覚のずれがちょっとずつ重ねられていく。この一気にテンションを上げない感覚に心地よさを覚える。
僕は違和感が大好きだった。綺麗に整えられた調和よりも、常識から外れた違和感を僕は好む。単に美しいだけの服に、僕は飽きてしまっている。素材のクオリティとシルエットの美しさにこだわり、シンプルにデザインされた服が人気なのはわかるし、僕自身もとても好きだけど、いくら好きでもそんなデザインがいくつも続けば飽きてしまうのが今の僕だった。かといって、キッチュやアグリーなデザインは面白いが、少々食傷気味になりつつもある。王道のカッコよさを欲してないようで、欲しているのも僕だった。
そんなふうに拗れてしまった僕の感覚を、タムがうまく収めてくれた。
ではタムに、現代のファッションを更新する革新性があるかと問われれば、僕はその問いに対しては顔を左右に振ってしまう。だが、世界を揺るがすダイナミズムがなくとも、デザイナーが自身の美学を丹念に丁寧に作り上げたコレクションには、見る者の心を揺らす「光る何か」が宿る。
メンズウェアの、ベーシックウェアの規範をずらして、ずらして、ずらした先に待っていたもの。光る何かは思い込みが崩れた時、頭の中に現れる。頭の中の想像を見つめる感覚は、慈しみの味わいを僕に届ける。
〈了〉