AFFECTUS No.307
僕は自分が「これは面白い」と感じたコレクションだけを書いている。もちろん、毎シーズン数多くのコレクションを見ていれば、魅力を感じないコレクションはどうしたって出てくるし、好き嫌いという感情を持つ人間である以上、時には批判的な思いを抱くこともある。だが、僕はそういったコレクションについて書くことは、基本的にない。理由は書いても面白くないからだ。僕は自分が面白いと思ったコレクションだけを取り上げ、書きたい。それが最も面白く、熱くなれる。自分が面白く感じなかったコレクションに書く時間とパワーがあるなら、その時間とパワーのすべてを、自分が捉えた面白さを伝えることに注ぎ込みたい。
その考えは、取材で訪れたコレクションや案内の来たコレクション、インタビューの企画についても同様であり、Twitterで紹介するコレクションについてもそうだ。面白いか否かが全てなんだ。そして、面白さの強弱はあれどTwitterで紹介するコレクションも、僕が面白さを実感したものだけをツイートしている。
僕は先シーズンの2022SSシーズン、「プラダ(Prada)」についてメンズはツイートしたが、ウィメンズはツイートしていなかった。ツイートしたメンズにしても、ややネガティブな内容になっている。ミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada)とラフ・シモンズ(Raf Simons)という、僕が敬愛する二人のデザイナーが手を組む最高に刺激的なコレクションにずっと注目してきたが、僕のその気持ちは2022SSシーズンで途切れてしまった。 ツイートをしなかったコレクションがある。 つまりは、そういうことである。
しかし、新シーズンとなる2022AWシーズン、僕はプラダのメンズコレクションについてツイートした。つまりは、そういうことである。いったい、僕はプラダの2022AWメンズコレクションにどんな魅力を感じたのか。Twitterではボリューム的に書くことのできなかったことを、ここに書いていきたい。
モードのどこにどんな魅力を感じるのか。それは千差万別で、人によって異なるだろう。僕の場合、振り返ってみるとイメージの更新、書き換えといった体験を感じたコレクションに心揺さぶられることが多い。例えば、ミニマリズムはプリントなどの装飾要素は皆無に近く、グレー、ベージュ、ブラックなどベーシックカラーを用いて、シンプルなフォルムで作られることが多いが、花柄や刺繍を大量に用いて、シルエットもルーズで気だるさとダサさを覚えるデザインなのに、そこから得られた感覚はなぜかミニマリズムそのもの、というコレクションに出会えたなら、僕は間違いなく心が揺れる。
そういったイメージの書き換えが生じるか否かは、僕にとってモードの醍醐味となっている。つまり、プラダの2022AWメンズコレクションにはイメージの書き換えがあったということだ。では、どんなイメージの書き換えが生じていたのか、それについて述べていきたい。
僕は今コレクションを初めて観たのは、ルック写真ではなくショー映像だった。さっそく、映像の冒頭から僕は違和感を覚える。登場したのは、ダブルブレステッドの黒いテーラードコートを着た白髪の男性モデルで、「ダンディズム」「クラシック」というメンズウェア伝統の形容が最も似合う佇まいだ。しかし、彼が歩くのは近未来の宇宙船内に作られた廊下のような空間だった。SF映画の1シーンに、突如クラシックなコートを着た壮年男性のキャラクターが現れた。そんな印象なのだ。実際にそんな映画があったら、作品の世界観が崩れるだろう。だが、ミウッチャとラフは、世の中にある常識を取り壊しにかかった。
宇宙船内の廊下とおぼしき道を抜けると、そこに広がっていたのは、渋いイエローのカーペットが会場一面に敷き詰められた空間だった。まさに、男性モデルが着用するテーラードコートと彼の佇まいにふさわしい場である。しかし、またも僕は違和感に気づく。男性モデルがコートの下に着用していた衣服が、違和感の発端となる。
膝下丈の黒いコートの下に隠れたアイテムが、どんなデザインなのか詳細は画面越しにはわからないが、アイテムはトップスとボトムスが同色同素材で作られ、合繊繊維的光沢で光るライトブルーの素材で作られた服は、宇宙船内で着用する宇宙服を連想させるデザインとムードだった。
この段階ですでに複数のイメージの書き換えが生じ、僕は前回のコレクションには感じなかった心の揺れを感じる。
その後に登場する男性モデルたちも、ダブルブレステッドのジャケットもしくはコートを着て、クラシックな匂いを充満させている。だが、やはりというべきか、彼らはジャケットやコートの下に、光沢感を備えた宇宙服らしきデザインの衣服をスタイリングしている。そして、途中にトップスとボトムがセパレートするがジャンプスーツと似たアイテムを挟みながら、ダブルブレステッドのコートは肩幅を誇張し始める。端正なコートやジャケットが、力強く広がったショルダーラインの影響でクラシックの中にアヴァンギャルドをほんのりと香らせている。またもイメージの書き換えが生じた。
もちろん、このコレクションに登場したのはダブルのコートやジャケットだけでなく、ジャンプスーツ的アイテム、MA-1をロングレングスにしたコート、ニットスタイルなど、複数のアイテムが登場している。だが、2022AWコレクションの核を成しているのは、王道のクラシックアイテムたちだ。そう断言できるだけのパワーを、アイテムたちは秘めていた。
SFとクラシック、時代も世界観も全く異なる二つの世界(スタイル)が一つになり、同じ空間内に存在している。ミウッチャとラフは、ファッションにおいては伝統といえる二つのモチーフを同時に使い、混ぜ合わせ、しかし、美しく調和させるのではなく、違和感の残る状態に仕上げ、会場そのものも同様のアプローチでデザインされ、メンズコレクションは魅力ある違和感を作り出していた。
僕は二人の共同コレクションに、大きな期待を抱いていた。「悪趣味なエレガンス」という世界でも特異な才能を持つミウッチャの爆発と、「カルバン・クライン(Calvin Klein)」で披露した、脈絡のない要素を繋ぎ合わせはするが、調和は放棄して組み合わさった際の違和感をパワーとして訴える、エレガンスではなくパワーをデザインするラフ・シモンズの新領域が、相乗効果となるコレクションを見られると大きな期待を抱いていた。しかし、いざ始まってみると、何やらお互いを尊重しすぎているようなコレクションに感じられ、僕は物足りなさを覚えていた。
だが、その物足りなさがこの2022AWメンズコレクションは幾分解消された。正直な気持ちを言えば、まだまだ物足りない。あの頭の中をかき乱され、胸が高揚する感覚は2022AWコレクションでも覚えなかった。しかし、片鱗は見えた。漸進と言える、わずかに進化した片鱗を。
今度はウィメンズコレクションで、どんなデザインが見られるだろうか。僕は待ちたい。今はまだ期待も希望も必要以上には持たず、冷静にその時を待ちたい。
〈了〉