NIGOのケンゾーに驚く

スポンサーリンク

AFFECTUS No.308

2022年1月23日、とうとう待ち望んでいた日がやって来た。「ケンゾー(Kenzo)」新アーティスティック・ディレクターNIGOのデビューコレクション、2022AWコレクションが2022AWパリメンズファッションウィーク最終日に発表される。だが、僕はコレクションを見て驚く。予想もしなかったデザインが、次々とランウェイに登場したのだ。NIGOは敬愛という言葉がふさわしいほどに、ケンゾーの歴史を慈しむスタイルを完成させていた。

メンズファッションウィーク期間中の発表だったが、ウィメンズとメンズが同時に発表され、ファーストルックに登場したのはチェックのフード付きケープを着用したウィメンズルックだった。Aラインに広がり揺らめくケープのシルエットがノマドな空気を、素材に使用されたチェック生地がフレンチシックな香りを漂わせる。

次に登場したメンズルックでは、ファーストルックと同様にチェック生地を用いた膝下丈のスタンドーカラーコート、ゆったりとしたシルエットのシックなネイビーパンツ、足元には渋いブラウンのシューズをスタイリングし、コート下のインナーにはクルーネックの白いニットがレイヤードされ、ファーストルック以上にフレンチシックの香りが強くなっている。3番目に登場したルックに至っては、花びらを簡略化したデザインのプリントがトップスとボトムの両方に施され、これぞまさにケンゾーと称するにふさわしいスタイルだった。

発表前に僕が予想していた、NIGO得意のストリートマインドにあふれたルックは姿を現さず、ケンゾーの歴史を紐解けば必ず登場するであろうフラワープリントが、新生ケンゾーの主役となっていた。僕は疑問が沸き起こる。

「いったいどういうことなんだ?」

ここまでケンゾースタイルを尊重するコレクションをNIGOが発表するとは。

ケンゾースタイルとは何か。ここで一旦、ケンゾーというブランドの歴史を簡単に振り返ろう。

ブランドの創業者である高田賢三は、文化服装学院卒業後の1965年に渡仏し、1970年に自身の名前を冠したブランド「ケンゾー」を立ち上げる。高田のデザインは、花柄を用いた豊かな色彩、和の美しさと民族衣装から着想を得た優雅なシルエットと装飾を一体化させたもので、ケンゾーは日本と西洋の美意識が融合するファッションをパリモードの文脈に確立することで、世界のファッションを更新した。1980年代に川久保玲と山本耀司がパリに衝撃を与えるが、それよりも以前、1970年代に高田が西洋ファッションの歴史に新しい1ページを刻んだからこそ、後年の日本人デザイナーの活躍に繋がったと言え、まさに高田はモードの開拓だった。

NIGOはそういったブランドの歴史的スタイルを尊重し、ケンゾーが1970年代に確立した花々の美しさと、西洋と日本の美を融合させたエレガンスを現代に蘇らせた。先ほど僕はストリートマインドにあふれたルックは姿を表していないと述べた。厳密に言えば、それは嘘だ。ストリートマインドがコレクションになかったわけではない。NIGOのアイデンティティは、エッセンスとしてコレクションの至る所に振り撒かれていたのだ。

いずれのルックも決して過去の焼き増しなどではなく、現在着るにふさわしい空気を纏ったデザインへと調整され、時代から取り残されたような古さは微塵たりとも感じられない。スケート、バスケットボール、ヒップホップで育った人間たちの姿が、脳内に想像されていく。NIGOはケンゾースタイルを決して妨げず、けれどケンゾースタイルには染まりきらず、ストリートらしいポップな色使いとグラフィックを武器に、「ケンゾーであって、ケンゾーではないスタイル」を見事なハイクオリティで完成させた。

今コレクションの中で、僕のベストルックは3つボタンスーツだ。モードシーンに登場するスーツといえば、多くブランドで見られるのは2つボタンか1つボタンスーツで、3つボタンがランウェイに登場することは稀だった。だが、NIGOは3つボタンスーツをチェック生地で仕立て、シルエットを凛々しくスリムに作ることはせず、緩やか量感を重視した優雅なシルエットを作り、モデルの歩行に合わせてジャケットの裾やパンツの布が揺れる様は非常に美しかった。3つボタンスーツを着るモデルたちの姿は、ジャケットはジャストサイズを着ているが、パンツは本来のサイズよりも1サイズ上をチョイスし、ストリートで育った若者がスーツを自分のスタイルとマインドで着るようであった。

2022AWパリメンズファションウィークのベストコレクションは何かと訊かれたら、僕は間違いなくケンゾーを推す。僕にとって今回のパリで最もワクワクさせられたコレクション、それがNIGOのケンゾーだった。

コレクションを見終えた今、感じたことがある。現代のデザイナーに必要なスキルは、やはりディレクション力だということである。パターンや素材、縫製など、服作りの職人的資質と気質は重要で、僕自身が良いと思うブランドの多くはデザイナーがパタンナー経験を経ていることが多いが、InstagramやTikTok、YouTube、Netflixなど、様々なカルチャーを大量かつ同時に体験できる現代人が消費の中心であることを考えると、時代の空気や好奇心を掬い上げ、それをブランドのコンセプトと昇華させてコレクションに仕上げるスキルこそが最も重要だ。そしてNIGOはディレクション力の申し子だったことを、このデビューコレクションで改めて証明する。

大成功といえるコレクションだが、真の成功はビジネスの結果次第だ。しかし、NIGOの手によってケンゾーは、おそらくセールスも上昇していくだろう。ショーに訪れていたファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)やYE(カニエ・ウェスト)は、2022AWシーズンが訪れれば新生ケンゾーを着用してSNS上で拡散させ、世界を賑わすに違いない。その時、nstagramにはケンゾーの花々が咲き誇る。

早くも僕は次の2023SSシーズンが気になり始める。フラワープリントを得意とするケンゾーは、春夏こそが最も輝くシーズンだろう。いったい、NIGOは春の空気と夏の暑さを、どのように仕立てるつもりなのか。今年の春夏はまだ訪れていないというのに、僕は来年の春夏が待ち遠しくなっている。

〈了〉

スポンサーリンク