アレッサンドロ・サルトリは革新を求めない

AFFECTUS No.309

今までに見たことのない新しさをモードには求めたくなる。刺激的で熱くなるモードの興奮を一度知ってしまうと、その中毒性に抗うことはなかなか難しい。しかし、だ。先鋭的なデザインを何度も、何年にもわたり、20年ほど見続けていれば、刺激とは反対に位置するデザインを欲するようにもなる。僕がパリのファッションウィーク期間中、「A.P.C(アーペーセー)」のコレクションを必ず見たくなる。熱に浸ってばかりではのぼせてしまう。熱くなった心を冷やす冷却剤は必要なのだ。

ミラノにもモードの清涼剤と呼べるブランドがある。アレッサンドロ・サルトリ(Alessandro Sartori)率いる「ゼニア(Zegna)」がそうだ。

冒頭からソフトタッチで攻めてくる。それがゼニア2022AWコレクションの始まりだった。ゆったりとしたシルエットを描くベージュニットの下には、オフタートルネックで首元を柔らかく演出するオフホワイトのカットソーを着て、カットソーと同色のパンツを穿いたモデルは歩みを進め、ファーストルックを上品上質さで飾った。

色の構成は至ってベーシックだ。先ほどのオフホワイト&ベージュはもちろん、グレー、ブラウン、ブラックが多用され、それらの色が微妙にトーンを変えながら幾度も登場する。シルエットは身体を束縛しないが過剰に表現もせず、歩くことが心地よさそうな量感を布と身体の隙間に作り込み、ゼニアを着るモデルたちに凛々しさを添える。

13番目に登場するスーツルックは、今コレクションで僕のお気に入りに入る。色はブラウンというよりもタンと言った方が近いか。渋く品格高く染められたテキスタイルが、ジャケットとパンツがモデルの身体を丸く柔らかく包み込む。このルックのモデルがアジア系で坊主頭だからか、スーツのシルエットがまるで袈裟のように感じられてくる。僧侶が着る袈裟のシルエットを、ジャケットとパンツに転用させた渋みにあふれたスーツで、2022AWのゼニアには東洋のイメージがそこかしこに漂う。ワークウェアやスーツが、西洋視点ではなく東洋視点で仕立てられた服の数々に、僕は強く辛い刺激は感じなくとも、心地よい浸透感を感じて安らぐようにサルトリのモードを堪能する。

コロナウィルスの脅威が世界に拡大した昨年、サルトリはルームウェアのようなクラシックウェアを2021AWコレクションで発表した。色の構成もシルエットの量感も、今回の2022AWコレクションと非常によく似たデザインなのだが、モデルたちから受けるイメージは今コレクションの方がずっとドレッシーだ。これはゼニアに限ったことではなく、2022AWシーズンはスーツルックが登場する機会が多く、クラシック濃度が世界的に高まっている印象を受ける。

その傾向はオートクチュールにも進行していて、マリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)による「クリスチャン・ディオール(Christian Dior)」も、2022SSオートクチュールコレクションで、かなり古典的なエレガンスのスタイルを発表していた。コンサバがDNAの「シャネル(Chanel)」も、いつにも増してかなりコンサバに振れていて、正直に言えばそれは古さを感じなくもなかった。

だが、一方で過去の美しさを尊ぶコレクションに僕は安堵感を覚え、気持ちよさを感じていたのも事実だ。未だ落ち着きを取り戻せない世界の状況を思うならば、人々の心には刺激よりも癒しが必要だろう。困難に追い詰められた人間に「頑張れ」と声をかけるよりも、「その気持ち、わかるよ」と辛さに共感する気持ちを示すことで、その人間に活力が蘇ることがある。励ましは必ずしもエネルギーにならない。そういうことがある。

派手さは皆無で、革新性も正直ない。しかし、上品であることを尊び、ゼニアの誇りを大切に丁寧に表現する。服作りの姿勢が美しいアレッサンドロ・サルトリに僕は拍手を送りたい。優しさへ振れ出したモードの道をゼニアは歩く。今はとびっきりの新しさだけでなく、過去の美しさにも目を向けたっていい。

〈了〉

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