エゴンラボは死を見送り、これからを生きる

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AFFECTUS No.310

新しいブランドの発見はモードの楽しみであり、毎シーズン出会える体験ではないが、先月2022年1月から開幕した2022AWシーズンでは、幸運にも早速いくつかの興味深い新ブランドを知ることができた。今回はその中の一つ、フランスを拠点にする「Egonlab(エゴンラボ)」を取り上げたい。

日本では、まだ知名度の小さいブランドではないか(僕が知らなかっただけかもしれないが)。僕は今回のコレクションを見るまで、エゴンラボのことは全く知らなかった。そこで今回はコレクションへ言及する前に、エゴンラボとはどのようなブランドなのか、ブランドの背景について冒頭で簡単に触れ、その後にエゴンラボの最新2022AWコレクションに言及していきたい。

エゴンラボの成り立ちで一つ参考になった記事があった。それは「ハイプビースト(Hypebeast)」の「EGONlab Is the Emerging Label Bringing a Punk Spirit to Tailoring」という記事だった。

記事によるとブランドの設立は2019年で、エゴンラボを立ち上げたのはフロレンタン・グレマレック(Florentin Glemarec)とケヴィン・ノンぺ(Kevin Nompeix)の二人である。デザイナーの名前を冠していない(ヨーロッパブランドでは珍しい)、不思議な響きのブランド名は、20世紀初頭のオーストリア出身の画家エゴン・シーレ(Egon Schiele)に由来していた。エゴン・シーレが描いた人間たちを見てみると、エゴンラボのコレクションがとても似合いそうで、フロレンタンとケヴィンにとってエゴン・シーレ(の描いた人々)がブランドのミューズになっている印象を受けた。

ケヴィンはモデルエージェンシーに所属していた頃にグレマレックと出会い、ビジネスでもプライベートでもパートナーになっていく。エゴンラボは、性別や年齢に捉われないデザインを標榜し、その姿勢をテーラードを軸にしたコレクションで構成するという、カジュアルウェア全盛の今、挑戦的な試みを行なっている。ただ、2022AWシーズンはテーラードを発表するブランドが散見され、トレンドの変わり目を僕は感じた。この波が、エゴンラボを後押しするかどうかは注目だ。

主だった背景は以上で、ブランド背景への言及はここまでにし(既に1,000字に達したため)、肝心のコレクションについて見ていこう。

僕がエゴンラボの2022AWコレクションに一目で惹かれた理由は、厳粛なムードだった。以前にも何度か述べているが、近年「アートスクール(Art School)」のようにホラーイメージが表現されたコレクションに僕は注目していた。エゴンラボにも同じホラーイメージを感じたのだが、エゴンラボのイメージは死者が深夜に蘇るといった類のイメージではなく、亡くなった人を見送る葬儀の1シーンようなイメージで、同じ「死」のイメージでもエゴンラボは「生」を感じる死のイメージだった。

漆黒のテーラードジャケットやコートは、トレンドのオーバーサイズシルエットではなく、身体を逞しく硬質に見せる彫刻的シルエットで、このシルエットがコレクションを冒頭から厳かなムードで覆っている。性別や年齢に捉われないというコンセプト通りに、モデルたちは男女双方が登場し、ファーストルックを務めたモデルは壮年の男性だった。

テーラードが主役のエゴンラボだが、発表されたアイテムにはデニムやストライプシャツ、チェックシャツ、ダウンアイテム(なんとブルゾンとパンツのセットアップで!)を混ぜたカジュアルスタイルも登場する。だが、そこに真の意味でのカジュアルな空気は存在しない。デニムを使ったとしても、やはり厳かで、エゴンラボはどこまで行ってもエゴンラボなのだ。色展開にもバリエーションが見られ、タンを用いたスーツはブラックスーツよりも渋く美しく、エゴンラボの彫刻的シルエットをより際立たせている。

僕はここで、先ほど見たエゴン・シーレの描いた絵が気になっていく。エゴン・シーレの描いた人々がキャンバスから飛び出して実体化し、愛すべき亡くなった人のためにブラックスーツを着て、葬儀に参列している。そんなイメージが立ち上がって来た。僕はモードを作ることは、人間を作ることと同義の面があると思っている。

コレクションで見ているのは確かに服だが、同時に服を着た人々の姿が心に焼き付けられていく。僕はアートに詳しくはないが、エゴン・シーレについても名前は知っているという程度だったが、エゴン・シーレの作品を見てすぐに描かれた人間たちの姿に吸い寄せられていった。線はシンプルで、使用された色数も少なく、人々の身体も複雑で緻密な描写はなくシンプルで、だが顔の形は細長く描かれ、何かを見て驚いたような表情をしているが、その表情からは驚きの感情が抜けて落ちているように見えた。

ああ、こういう人間がいたのかと、僕は自分の知らなかった人間像と出会えた気分になる。僕が受けたエゴン・シーレのイメージを、エゴンラボは厳粛な死の儀式へと転換させた。それが僕の捉えた2022AWコレクションのエゴンラボだった。このイメージは非常に独特で、僕の知る限りでは他のブランドには見られない特徴だ。

先ほどの死のイメージについて触れたい。ここ数シーズン、僕はホラーをはじめとした死のイメージを連想させるコレクションに注目していた。その理由をあらためて今考えてみると、現在世界を覆う死の脅威が影響しているように思えてきた。世界中に広がった新型コロナウィルスのことである。人類が世界的かつ同時に、同一の脅威を感じて死の恐怖に襲われたのは、いったいいつ以来なのだろう。少なくとも21世紀に入ってからは初めてのはずで、人類史で稀な現象に僕らは遭遇している。ファッションは社会の動きと連動し、時代の空気を表す側面がある。ホラーイメージ、死のイメージを連想させるコレクションが現れるようになったのも、デザイナーたちが現在の世界を敏感に感じ取ったからではないか。

未だ収束の道筋が見えない新型コロナウィルスの脅威に、疲弊してもおかしくない。もう2年も経つのだから。僕自身、やはりマスクを必要とせず、飲食店の営業も通常通りに行われ、サッカーやプロ野球が正常に行われる世界に早く戻って欲しい気持ちが、以前に増して強くなってきた。

そんな時代、そんな気持ちの時に、エゴンラボは現在の世界に通じる死をイメージさせながら、同時に生を感じさせる、それはポジティブな表現ではないが、けれど確かに死の中に生を感じさせたコレクションだからこそ、僕は惹かれたように思えてきた。悲しさ、辛さを経て始まる生。それが僕にとってのエゴンラボと言える。エゴン・シーレが描いた人々にも、僕は何かを乗り越えた姿のように見えてきた。

一つのコレクションが、様々な想像を膨らませてくれる。こういう出会いは希少で貴重だ。この時間を何度も慈しみ、味わえたならと思う。

〈了〉

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