Y/プロジェクトは捩れ、錆び、汚れる

AFFECTUS No.311

僕が最近注目しているのが「NFTアート」だ。絵画や彫刻のように物質としてのリアリティを持つアート作品と比べ、デジタルアートは複製が容易で、どれが唯一の本物かを証明することは困難である。しかし、「Non-Fungible Token(非代替性トークン)」=NFTを組み合わせ、誰でも簡単に複製ができたデジタルアートに、「これが本物」という証明を可能にしたものがNFTアートになる。

2021年3月には、デジタルアーティストBeeple(ビープル)の「Everydays – The First 5000 Days(毎日 − 最初の5000日)」という作品がオークションで75億円もの価格で売れ、NFTアートへの注目は急激に高まった。以上の説明だけではNFTアートの把握には不十分だと感じられるだろうし、もし興味を持たれたらNFTを検索して、より詳しい解説を読んでいただけたらと思う。

ここでNFTアートについて取り上げたのは、一つの不思議を感じたからだった。絵画や彫刻のようにリアルなアート作品は、写真やパソコンのモニター上で見た時と、本物を間近で見た時には明らかに大きな違いが生じる。写真ではわからなかった絵の具の盛り上がりや、筆のタッチがありありと迫ってきて、絵画に命が宿っているような感覚を覚えて心は震える。

しかし、デジタルアートにはそのような体験は難しく思える。購入したNFTアートが唯一の本物だと証明されても、絵画のような実際に見た際のスペシャル感は感じられないのではないか。例えば、実際にNFTアートを購入しなくても、その作品をパソコンやスマートフォンで検索して現れる画像と、購入したNFTアートでは大きな差がないように思えてしまうのだ。僕の調査不足で知らないだけで、実際には違いがあるのかもしれないが、絵画や彫刻ほどの体験が得られるのかとやはり不思議に思う。

だが、スペシャルな体験が得られづらいNFTアートを「これが唯一の本物だ」と証明されている作品を所有する体験そのものが、人間の喜びや満足となっていくなら、それは人間の感覚に大きなシフトを起こす新しい時代の到来を予感させる。

冒頭から長々とファッションとは関係ないことを書いてきたが、近年のファッションにも人間の感覚をシフトさせるデザインが表れている。コレクションを見て「綺麗」「かわいい」「カッコいい」と思うか否かは、そのブランドを好きになるかの生命線になる。誰も「カッコ悪い」と思った服を着たいとは思わないだろうし、そんな服を作るブランドに心惹かれることはないはずだ。しかし、近年のモードシーンでは従来の美しさとは、別の世界線の美しさを見せるブランドが頻出している。

その一つが、今回取り上げる「Y/プロジェクト(Y/Project)」だ。ブランドの設立は2008年で、創立者はヨハン・セルファティ(Yohan Serfaty)だったが、2013年にヨハンは癌で他界してしまう。ヨハンの後任としてY/プロジェクトのデザイナーに就任したのが、グレン・マーティンス(Glenn Martens)だった。グレンは創業者がいなくなったY/プロジェクトを見事に成長させていき、人気ブランドの地位を確立するまでに至る。

Y/プロジェクトのデザインは、従来のエレガンスという感覚が非常に感じづらい。登場するアイテムは、デニムやジャケットなど誰もが見慣れたアイテムなのだが、フォルムは捩れを起こし、素材は錆び、汚れが起きたように表面を澱ませ、アンダーグラウンドな雰囲気が満載のコレクションであり、グレンは人々が美しさを感じるものをあえて汚し、錆びさせ、捻り、退化させて、ファッション界普遍の美の価値を意図して落としているように見える。

2022AWコレクションでも、グレンの姿勢は貫かれる。一番印象的だったアイテムは、人間の裸をドレスやタンクトップにプリントしたアイテムだった。それらプリントアイテムは着たモデルはまるでバストを露わにしてランウェイを歩いているように見え、通常ならその姿に性的刺激を覚えても不思議ではないが、アイテムにプリントされた裸は紫や青、黄色と緑が混じり合ったような色などでグラデーションを起こしながら染められ、幽体的な怪しさを覚えるデザインに仕上がっていた。

通常なら感じるであろう性的刺激が、気味悪さを感じる色の作用によって感じられなくなっている。このようにY/プロジェクトは、本来なら感じるであろう感覚を感じさせない仕掛けを、ダークでアンダーグラウンドな世界観で施すのだ。

2022AWコレクションにはデニムシャツとジーンズのスタイルが登場するが、シルエットだけを見ると、ゆとりが絶妙なボリュームで取り入れたスレンダーシルエットが非常に僕好みで「カッコいい」と思った。だが、素材であるデニムの表面は泥でも塗られてたかのように、黄土色に変色している。「この澱んだ色がなければ、普通にカッコいいデニムアイテムなのに」。Y/プロジェクトでは、そんなことを度々思うのだ。しかし、黄土色に変色していないデニムの姿を想像して見ると、頭の中に浮かんだ映像に僕は物足りなさを覚えてしまう。やはり、このデニムは澱んで燻んでいなければならない。

Y/プロジェクトは世界の感覚を乱す。カッコいいとも、カワイイとも、綺麗とも違う何かへ、適切な言葉が見つからない感覚の世界へ、グレン・マーティンスは僕らを引っ張っていく。ファッションを「美しい」と称することに違和感を覚えられる時代が来たなら、それは新しい時代の到来だ。そして今、その芽は確実に表れている。果たして、この適切な言葉が見つからない美は世界へ幅広く浸透していくのだろうか。もしかしたら、今は歴史が変わる転換点に位置しているのかもしれない。モードの観察を続けていこう。

〈了〉

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