正道から外れた男たちの一丁羅を仕立てるヨウジヤマモト

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AFFECTUS No.312

2010年代後半からだろうか。ファッション界で、男女の境界を超えたジェンダーレスの概念が浸透し始めたのは。以前からメンズとウィメンズを同時発表するブランドは存在したが、昨今ではかなりの数のブランドがメンズとウィメンズを、同時にコレクションを発表するようになった。

ジェンダーレスの浸透によって新しいファッションデザインが生まれ、ジョナサン・ウィリアム・アンダーソン(Jonathan William Anderson)のように新世代の才能も登場し、モード史に更新が起きたのは事実だ。一方で、やはり男性と女性には体型の違いがあるように、それぞれに固有の特徴や魅力があるのも事実だろう。モードでは男性がスカートを穿く提案がこれまで幾度もなされたが、結果的には男性のスタイルとして定着するには至っていない。

ファッションが紡がれてきた長い歴史を振り返ると、性別には超えることのできない境界が潜んでいるように思う。しかし、これを否定的に捉えることはない。違いがあることは、個性になる。人間一人ひとりに個性があるように、男性と女性との間に異なる違いがあるなら、それを個性として表現し、魅力的な服へと仕立て上げるのがファッションデザイナーの仕事だろう。

男たちの泥臭い魅力を見事に表現したのが、2022AWシーズンの「ヨウジヤマモト(Yhoji Yamamoto)」だった。今では若者たちの間でも人気の同ブランドだが、2009年10月には民事再生法の適用を申請し、事実上の倒産となり経営破綻した。その後、投資会社インテグラルとスポンサーを契約を結び、新会社を設立し、取締役会長にはインテグラル社の辺見芳弘氏が就任することで、新たな経営体制となり再始動する。

僕が服飾専門学校の学生だった2004年から2007年、同級生でヨウジヤマモトを着ていた人間はとても少なく(ほとんどいなかったと言った方が正確か)、若者たちの間の人気という面で現在とはまったく異なる状況だった。それも仕方ないだろう。当時は、あのエディ・スリマン(Hedi Slimane)がロック&スキニーシルエットを引っ提げて、全世界で猛威を振るっていたのだから。身体に張り付くほどに細いシルエットがトレンドの時代に、ゆったりとしたボリューム感の無地の黒い生地で仕立てられた服が、人気を得るのは難しかった。

これは僕個人の印象になるが、当時のヤマモトヨウジに対するイメージはもっと年齢層が上の人たちの着るブランドというイメージが強く、服作りを勉強していた身からするとシルエットの美しさは見事だったが、「今着たい服か?」と問われると首を振るしかなく、いささか古臭さも感じていた。

そんなヨウジヤマモトに追い風となったのは、苦しめられたはずのトレンドだった。デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)の登場によって、ファッション界のトレンドは一気にビッグシルエットへと舵が着られ、今度は世界中がビッグシルエットであふれかえった。転換したトレンドの波を、ヨウジヤマモトは見事に捉えたのだ。

ヨウジヤマモトにとってビッグシルエットはお手のもの。この武器を軸に、もう一つのトレンドであるアグリー(醜い)を絵画のような大胆なプリント、般若心境を想像させるテキストをコートに横断させるプリントなど、アグリーをヨウジヤマモト流に解釈し、ビッグシルエットと一体化させる。ビッグシルエットとアグリーを好む人間のすべてが、ストリートを好んでいるわけではない。ヨウジヤマモトはクラシックスタイルでトレンドで表現し、トレンドの波に乗りながらストリートとは違うニーズを捉えることに成功した。

いったいこのデザイン戦略を誰が考えたのか、とても気になるところだ。山本耀司本人なのか、それとも別の人物なのか。誰が考えたかにせよ、このデザイン戦略は成功し、ヨウジヤマモトは見事な復活を遂げた。

ヨウジヤマモトの新たな魅力となった大胆なプリントは、仏教的な香りがする世界にも類のない特徴を持っており、それはそれで面白かったのだが、僕はそろそろ山本耀司の神様からのギフトと思えるほどに卓越したカッティング技術を、心ゆくまで堪能できる服を見たくなっていた。そんな僕の勝手なニーズを満たしてくれたのが、今回の2022AWメンズコレクションだった。

装飾性が皆無だったわけではない。ヨウジヤマモト復活の狼煙となったプリントは使われていたが、その数が近年のコレクションの中ではかなり少なかった。プリントに代わり、ジャケットやコート、パンツ、それらが組み合わさったスタイルそのものの個性がカッティングによって際立っていた。真にモードな服を人間の姿を想像させる。今回のヨウジヤマモトがそうだった。

死が身近にある世界で生きてきた男。自分の欲に抗えず罪を犯し、逃げ回ることになる。人の目から少しでも逃れるため、男は街の陰へ、陰へと潜んでいく。屋根の下での生活など高すぎる望み。食べたいものも食べられない。着ていた服は雨に汚れ、アスファルトの埃でくすみ、髪の毛は脂切り、肌はかさつく。逃げる。ただ逃げるしかない。

言うなれば、2022AWシーズンのヨウジヤマモトは、こんな男たちのための服だった。

「お前らの服、俺が作ってやるよ。まあ、俺にしかお前らの服は作れんからな」。

山本耀司がそんな言葉と共に、正道から外れた男たちの服を仕立てた。それをカッティングによって叶えた服。ヨウジヤマモトの原点を見る思いだった。男の臭さを世界で最も美しく仕立てる山本耀司の才能は、やはり天賦の才だ。

〈了〉

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