エルメスのテーパードパンツが穿きたくなる

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AFFECTUS No.313

パリは創造性を競い合う世界最高峰の舞台で、発表されるコレクションはデザイン性が強く、強烈なインパクトが刻まれることも多い。ただ、ファッションは斬新さや新規性ばかりが楽しみではなく、昔ながらのスタイルをアップデートしたデザインを見ること着ることも楽しみだ。パリはミラノに比べると、クラシックなコレクションが少なく、それが物足りないのかと言われると、実はそんなことはないのだが、でもパリでもクラシックを堪能したくはなる。

ヴェロニク・ニシャニアン(Veronique Nichanian)の「エルメス(Hermès)」は、パリファッションウィークでクラシックなエレガンスを発表する数少ないメンズウェアだ。前回の「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」が東京のアウトローな男たちならば、ニシャニアンのエルメスはパリで上品さ醸す男たちと言ったところか。嫉妬したくなるほどに、上品で知性的なイメージの男たちが、エルメスのランウェイには登場する。

極端な細さや太さは見られない、言うならば中庸なシルエット。だが、シルエットの量感に美しさを感じる。中庸なシルエットの中にも美しいバランスがあり、それをニシャニアンは見つけているようだ。マスタードカラーを使ったブルゾンに、裾がダブルに仕立てられたライトグレーのパンツを合わせたスタイリングには、男の余裕があふれている。

スタイルに使う色数が増えれば、ファッションは華やかになり、優雅さが舞う。ただし、闇雲に色数を増やせば、それは上品ではなく下品になる。クラシックなエレガンスを立ち上げる色のコンビネーションは、ブラック、グレー、ベージュといった基本色に、レッド、グリーン、イエローという明るい色を色数絞りながら組み合わせることで生まれる。

次々に登場するモデルたちの姿には、慌ただしさや忙しなさとは距離のある男たちの姿が見えてくる。街中を歩いていたら、着ていたスタイルが賞賛され、そのままの姿でパリのランウェイに登場した。例えるなら、そんな男たちである。

エルメスのメンズスタイルで鍵となっているのがパンツだ。先ほど触れた中庸なシルエットの美しさが、最も表現されているアイテムである。形に特段特徴がなく、量感の美しさで魅せているパンツだと思っていたが、よく観察するとシルエットに特徴が見られた。

腰から膝まではストレートに落ちていくが、膝を超えたあたりから裾に向かってテーパードしていく。通常のテーパードパンツならば、腰から裾に向かってシルエットが徐々にすぼまっていくのだが、エルメスのテーパードパンツは膝を越えたあたりからすぼまっていくように見えるのだ。

実際のパターンはどのような形状かは不明だが、王道のシルエットに見えたパンツは王道とは別の解釈をささやかに取り入れていた。大胆ではなくささやかに。ここにも知性的な余裕が感じられてくる。声高に主張する必要はない。テーパードシルエットを、「腰から裾に向かって」ではなく「膝を超えたあたりから裾に向かって」という、シルエットの起点をずらす、だがそのずらしを極端にすることで、エルメスはクラシカルなメンズウェアに彩りを添えた。

パンツはメンズスタイルにおいて、最も重要なアイテムだと僕は思っている。パンツがスタイルに与える影響は非常に大きい。脚という人間の行動の中で多くの運動量を要し、同じように多くの運動量が消費される腕に比べても動きの幅が広く、脚の持つ特徴がパンツを際立たせる。シルエットを変えるだけで、スタイルの時代感が変わるぐらいのパワーをパンツは生み出す。

「いや、やっぱりカッコいいな……」。

ピンクの布帛生地を用いたインナーに、黒のダブルブレステッドスーツを着たモデルのルックを見るなり、僕は声に出してそう呟いた。エルメスのこのテーパードパンツは、創造性を渋く深みを持って表現している。

ヘインズの真っ白なTシャツを着ても、エルメスのテーパードパンツを穿けば円熟のエレガンスがあなたの姿に宿るだろう。ただし、決してスニーカーを履いてはいけない。パンツの持つ渋さに比べて、スニーカーでは軽すぎるのだ。外しの面白さとして、スーツのボトムにスニーカーを合わせる手法もあるが、エルメスのテーパードパンツに至ってはスニーカーのチョイスは悪手となり、スタイルの美しさを破綻させる。ここはコレクションに倣い、シックな革靴をチョイスしよう。

服を着ることは、時代を着ること。僕はこれまで幾度もそう言ってきた。だが、その言葉をより突き詰めて言語化するならば「パンツを穿くことが、時代を着ること」になる。パンツ一本で、男の姿に知性と美しさを宿らせるエルメス。過剰さを必要としない創造性は、やっぱり僕にとって嫉妬の対象だ。

〈了〉

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