滲む疲れが美しいエンジニアド ガーメンツ

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AFFECTUS No.314

現在のファッション界ではジェンダーレスの概念が浸透し、男女の境界に囚われないデザインがいくつも誕生している。しかし、今やファッション界で境界の超越が行われているのは、性別に限った話ではない。ジェンダーレスの後を追うように現れてきたのは、年齢の境界を超えていくデザインだった。

「ファッションモデル」という単語を耳にした時、おそらく多くの人が若者の姿を思い浮かべるのではないか。事実、ショーであれルックであれ、ファッションブランドが起用するモデルの年齢は若いことが圧倒的に多い。

実際の購買層が40代や50代のブランドであっても、20代のモデルを起用することは珍しいことではない。顧客層と異なる年齢層のモデルを起用することに、「リアリティがない」と言われることもあるが、では実際に40代や50代のモデルを起用してみると、売上が落ち、翌シーズンから20代のモデルに戻すと売上も戻るという現象もあるように思う。

ファッションはリアリティが重要である一方で、リアリティに傾き過ぎるとビジネスに影響を及ぼすことが多々あり、バランスの舵取りが難しい分野でもある。「若さ」に需要があるのもファッションの現実で、最先端ファッションであるモードに至っては若いモデルの起用が常識だったと言える。

しかし、ジェンダーレスの浸透と共に年齢にも変化が現れ始めた。特にメンズウェアではそれが顕著に見られる。いわゆる「おじさん」モデルの起用が増加したのだ。もちろん、以前からおじさんモデルの起用はあったし、起用自体はなんら珍しくない。しかし、僕がモードを観察し続けて20年以上、近年明らかにおじさんモデルの起用が増加している。そして男の渋みを尊く美しく見せるブランドの筆頭が、鈴木大器による「エンジニアド ガーメンツ(Engineered Garments)」だ。

一言に「男(おじさん)の渋み」と言っても、さまざまな種類がある。「ブリオーニ(Brioni)」のようにクラシックで上品な男たちの持つ渋み、「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」はアウトローな男たちの渋み、「ジュンヤ・ワタナベ(Junya Watanabe)」はアウトドアやワークウェアを愛する男たちの渋みなど、単純に括ることはできない。

エンジニアド ガーメンツは、ブルーカラー的渋みが魅力となっている。先述のジュンヤ・ワタナベと重なる部分はあるが、エンジニアド ガーメンツの方がよりワークウェア的要素とイメージが強い。最新2022AWコレクションは、例えるなら炭鉱で働いている男たちがお洒落をしているエレガンス、ブリオーニのダンディズムとは対極の美しさが表現され、極上の渋みを放っていた。ヨウジヤマモトのようにアウトロー感はない。正道の一本道を、真摯に実直に生きてきたおじさんたちのワードローブを鈴木大器はデザインしている。

とりわけ僕の目を惹いたルックが、ライトグレーのジャケットルックである。上着には霜降りのライトグレー生地を使ったジャケットを羽織り、白いシャツと白と黒の斜めストライプが渋い太いレジメンタルタイを首に巻き、帽子には同じく色はライトグレーのヘリンボーン生地で作られたハンティングを被っている。パンツもライトグレーなのだが、ジャケットの生地よりも霜降りの色味はずっと控えられた生地が使われ、脚を大雑把に包むシルエットで裾を太めにロールアップしていた。ルック写真では詳細は分かりづらいが、このパンツ、もしかするとジャンプスーツのボトム部分かもしれない。モデルは腰に袖付きの上着を巻いていて、素材がパンツと酷似している。

同じジャケット&パンツであっても、最高級の光沢と質感を備える生地を最高の技術で仕立て、隙のないプレスで仕立てられたスーツとは、何もかもが真逆の雰囲気。エンジニアド ガーメンツの服には使用感を隠すことのできない、いい意味での疲れが滲む。パンツにあちこちに現れているシワが作る陰影に、僕は思わず笑みがこぼれる。シワや使用感、一般的にはネガティブに捉えられる服の要素を、エンジニアド ガーメンツはポジティブに捉え、磨き上げ、ブルーカラーウェアの渋みをエレガンスの領域にまで昇華させ、おじさんモデルたちに熟成の美しさを纏ませた。

ファッションとは若い世代だけの楽しみではなく、年齢を分け隔てることなく誰もが興味を抱け、楽しむことのできるカルチャーなのだ。エンジニアド ガーメンツは服に疲れを刻み、逸品へと仕立て、無骨で泥臭く、誠実に働く男たちをモードの最前線へ送り出す。

〈了〉

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