AFFECTUS No.315
ここ最近メンズウェアを取り上げる回数が増え、2022AWメンズコレクションが開幕してからは、さらにメンズウェアを書く回数が増えてしまった。基本的にはメンズ・ウィメンズという枠組みは意識せず、シンプルに「良いと思ったコレクション」をテーマに選んできた。結果的にウィメンズウェアを取り上げる回数が多くなったが、現在は以前とは逆の現象が生じている。これはなぜなのかと理由を考えてみると、それらしき理由が思い浮かんできたが、それは別の話になるため、今は一旦忘れることにしたい。何が言いたいかと言うと、久しぶりにウィメンズウェアを書きたくなったということだ。
前段が長くなってしまった。
今回ピックアップするブランドは「アミリ(Amili)」。本格的に書くのは初めてのブランドになる。2014年にマイク・アミリ(Mike Amiri)が設立し、ロサンゼルスを拠点にウィメンズウェアと共にメンズウェアも展開しているが、先ほど述べた通り本日はアミリのウィメンズウェアに焦点を当てていく。
女性の服を表現する時、「かわいい」「きれい」といった形容詞は必須と言っていいぐらいだ。僕自身、これまで数え切れないぐらい多用してきた言葉である。だが、アミリの2022AWウィメンズコレクションは違う。ルックに登場するモデルの多くは大ぶりのサングラスを掛けて野生的雰囲気を備え、その姿は映画『マトリックス(Matrix)』の登場人物トリニティ(Trinity)の姿を思い浮かばせた。
キアヌ・リーブス(Keanu Reeves)演じる主人公ネオ(Neo)のパートナーとも言える存在で、全身を黒の服で覆ったトリニティは、クールで力強い存在感を作中の中で放つ。未来を変えようとする戦士の一人。僕はトリニティからそんな印象を抱く。マトリックスを観た方なら、トリニティの名前だけで今回のアミリから僕の捉えたイメージはすぐに感じられるだろう。甘さ、可愛さ、綺麗さ、ウィメンズウェア必須の形容詞を全て排除した、ワイルドでストイックなウィメンズウェア。それが僕の捉えた今回のアミリである。
ローゲージ編みの密度が身頃の至る所で大胆に異なるベージュニットは、左右の腕を所々で透かし、モデルの身体は左肩から胸元までの肌を編み地の向こうで露わにしていた。パンクなニットウェアに合わせられたボトムは、黒いレザーと思われる素材を用いたバイカーズパンツ。もちろん、顔にはサングラスを掛けて。なんともハードでセクシーなスタイルだ。
パワーショルダーのビッグサイズジャケットも登場し、ボトムはワイドシルエットかつハイウェストのデニムがスタイリングされ、裾はクッションを起こし、シューズの上で藍色の生地をたゆませている。マニッシュで力強いスタイルだが、クルーネックのインナーは腹部が覗くほどに着丈が短く、挑発的な色気を生み出している。
フリルやギャザー、レースといった甘くフェミニンなディテールと素材は排除され、ウィメンズウェアの代表アイテムであるスカートとワンピースはほとんど登場しない。発表された全21ルックの内、スカートのスタイリングが確認できたルックは2ルック、ワンピースに至ってはゼロである。ウィメンズコレクションでここまで、ウィメンズウェアの伝統を排除しているコレクションはとても珍しい。
やはり僕は、自分が抱くファッションへのイメージが裏切られたコレクションに出会うと、心が揺れる。僕にとっては「カッコいい」とは、イメージの転換を実感する瞬間、実感させるものなのだろう。そして、アミリの2022AWウィメンズコレクションは、そんな僕の嗜好へ見事に収まったということになる。
「クリスチャン・ディオール(Christian Dior)」のように、至高の甘いエレガンスがウィメンズには必要だ。女性が持つ甘さと美しさを引き出すデザインが、モードにおけるウィメンズウェアの歴史を支配してきた。だが、甘さを一切取り除いたストイックなデザインもウィメンズには欠かせない。
想像してみる。
パワーショルダーのブラックジャケットを着て、ほどよくボリューミーなストレートシルエットのブラックパンツを穿き、その裾は黒いブーツの中へ入れ、腹部を覗かせるショートレングスで、クルーネックの黒いインナーをジャケットの下に合わせ、サングラスを掛けて街を颯爽と歩いていく。ヒールが地面を打つ音は、余韻としてすれ違った自分の耳に残る。服のディテール、シルエット、素材、一つひとつを見ればアヴァンギャルドな要素はないシンプルなデザイン。しかし、印象は深く強く濃く刻まれる。ウィメンズウェアの伝統が皆無のウィメンズウェアに。
すれ違った後に僕が振り返ったとしても、アミリを着る彼女が後ろを振り返ることはない。彼女が見つめるのは常に前で、視線は前方だけに注がれる。未来を見据え、自身の世界を変えようしたトリニティのように。
〈了〉