展示会レポート Kuon 2022AW

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今回から2022AW展示会レポートをお送りしたい。

モードを生きるファッションブランドにとっての生命線。それはやはり、そのブランド、正確に言うならば、そのデザイナーならではの人間像をコレクションから感じられるか否かにある(異論はあるかもしれないが)。もちろん服は「モノ」であり、服の仕上がり、デザイン力が重要なのは言うまでもない。しかし、服は人間が着て初めて価値と意味を成すモノであり、その服を着た人間がどう見えるのか、どんな印象を抱かせるのかはとても重要だ。

クリスチャン・ディオール(Christian Dior)、ココ・シャネル(Coco Chanel)、ラフ・シモンズ(Raf Simons)、エディ・スリマン(Hedi Slimane)、デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)と時代は切り替わっても、新時代を切り拓いたデザイナーたちのコレクションには独自の人間像が描かれ、オリジナルの人間像が見えたブランド(デザイナー)は世界に熱狂を生んでいく。

モノの印象が強いマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)にしても、初期のコレクションを見れば、彼ならではの人間像が表現されている。若さが注目されるファッションにおいて、マルタンは他のブランドよりも年齢層が上の女性をモデルに起用し、抑制されたエレガンスを持つ女性像を創造した。もし、マルタンが若いモデルだけを起用していたら、コレクションの印象は全く異なるものになっていたはずだ。ファッションデザイナーにとっては、モデルを選ぶこともファッションデザインであり、しかも極めて重要な価値を持つ。

どんな人間像を感じられるか。それはコレクションを見る上で僕にとって大切な意味を持っていた。そしてある一つの興味深い人間像の輪郭を感じたブランドがある。そのことを訪れた2022AW展示会で僕は実感した。石橋真一郎による「クオン(Kuon)」である。

2022AWコレクションのルックを改めて展示会場で見た時、僕はある人間像の輪郭を感じる。浮かんできた言葉は「東北の若者」。東北のある街に住む彼は、メディアを通して東京のファッションに憧れを持っていた。渋谷、原宿、代官山、中目黒……東京のファッションが彼の目を輝かせる。モードのことは知っているが、深くは知らない。いや知らないというよりも、モードに対してそこまで強い興味を持っていないと言った方が正確だろう。

彼にとっての憧れはあくまでも「東京」なのだ。

スマートフォンや誌面の向こうに見える東京のファッションに憧れ、同じ服を手に入れようとするが、手に入れることはできない。金銭的理由なのか、それとも別の理由なのかもしれない。着たい服を手に入れたいのに手に入れられない彼は、なるだけ似ている服を手に入れ、全身でその服を着て鏡の前に立つ。憧れの姿に近づいた若者は、鏡の前で笑みを浮かべる。

だが、他者から見れば彼の姿は、憧れになりたくてもなり切れない一人の人間だった。

脳内に浮かんできたこのイメージに、僕はオリジナリティを感じた。

ここまで述べてきた東北の若者は、世間一般で見ればカッコよくはないだろう。むしろ残念な印象さえ与えるかもしれない。だけど、僕は憧れになりたくてもなり切れない姿に魅力を感じた。単純に外観の印象だけでは測ることのできない輝きが、人間にはあるのだ。

クオンから僕が感じた人間像と同じ文脈と言えるのが、井野将之の「ダブレット(Doublet)」だろう。ダブレットの人間像も「ダサいことがカッコいい」と言える魅力を放つ。昭和の下町ヤンキー感と、ここ数シーズンは1990年代の渋谷や原宿のカルチャーが混合した人間像を表現し、パリのエレガンスとは全く異なる文脈で新しい価値を世界のモードシーンに示している。

石橋のクオンも、ダブレットと同種のファッション界伝統のパリエレガンスとは異なる美しさを描き出した。ただし、ダブレットのそれとは異なる。井野の描く人間像は東京に住み、東京に生きる若者のダサさだが、石橋の描く人間像は、東北に住む若者が東京に憧れたダサさなのだ(両者の表現が語弊を招く表現になっているが、ここでの「ダサさ」は「美しさ」と同義である)。

艶が美しい黒髪を床屋でいつも切り揃える彼は(美容院には肌感覚が合わず行けない)、朴訥な表情でまたファッション誌を眺める。雑誌を畳の上に置き、箪笥の中からシャツとパンツを取り出して着替える。誌面に写る服と全く同じに見えるシャツとパンツ。でも彼が着た服は、やはりズレが起きている。シルエットは微妙に野暮で、色味もちょっと違う。だけど、彼は鏡の前で誇らしげだ。

強い意志を持つ人間の姿には美しさが宿る。ドイツ伝説の写真家、アウグスト・ザンダー(August Sander)の写した泥臭い男たちがそうだったように。石橋真一郎は、憧れに近づけない若者たちのためのユニフォームを作る。袖を通し、誇らしくなれるように。

Official Website:kuon.tokyo/ja
Instagram:@kuon_tokyo_official

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