展示会レポート Maison Mihara Yashiro 2022AW

本日も2022AW展示会レポートをお送りしたい。訪れた展示会の中から、印象深かったコレクションを取り上げているが、今回は三原康裕による「メゾン ミハラヤスヒロ(Maison Mihara Yashiro)」(以下ミハラヤスヒロ)をお送りしよう。僕がデザイナー三原康裕を知ったのは、いつになるだろうか。おそらくモードを好きになっても間もない、19歳か20歳のころではないか。今から20年以上も前になる。

そのころのミハラヤスヒロはシューズブランドとしてすでに人気の存在で、日本のファッションシーンにおける注目ブランドだった。その後、ブランドはウェアのコレクションを始め、トータルのファッションブランドとして発展していき、あの時から20年以上たった今も日本ファッション界の最前線に位置している。

僕は「トキオン(Tokion)」の編集者と共に訪れた、原宿のとあるビルのエレベーターに乗り、会場へと到着する。入口で編集者が記帳を済ませ、会場に入ると後ろ姿だけで、その人物が誰かすぐにわかった。ウェーブのかかった、ほぼ白髪に近いグレーヘアが強いインパクトを放つ。三原康裕その人だった。

プレスの方との名刺交換を終え、すぐさまラックに掛かったコレクションを見始める。僕らがアイテムを見ている時、傍でコレクションの制作スタッフと思われる女性スタッフが、僕らが手に取るアイテム一点一点を丁寧に説明してくれる。

2022AWシーズンのミハラヤスヒロは、パリメンズファッションウィークの公式スケジュールで、東京・浅草のすしや通り商店街で開催したショーを映像で発表した。同じ東京でも、渋谷や六本木といった再開発が進み、高層オフィスビルやタワーマンションが連なる大都会とは違う、アーケードに覆われた昔ながらの商店街を舞台に行われたショーは、東京の下町カルチャーを世界へ発信する価値を持っていた。

展示会場で流れていたショー映像を観て浮かんできた言葉は「モードウェアを着た寅さん」だった(会場は柴又ではなく浅草だが)。山田洋次監督、渥美清主演による日本映画『男はつらいよ』の主人公、車寅次郎がモードのエッセンスが盛り込まれたデニムやテーラードジャケット、トレンチコート、スラックスを着用して商店街を歩く。ショーに出演したモデルの大半は寅さんよりもずっと若く、女性モデルもいて、寅さんという言うにはあまりにスタイリッシュでクールなファッションだが、それでもこのコレクションには「モードウェアを着た寅さん」という言葉以外にふさわしい表現を、僕は思い浮かべることができない。

実際に服を見た印象を言えば、どのアイテムも実に重厚だ。シンプルにさらったと軽快に仕上げる。そんな服とは真逆の服がラックに大量に掛かっている。素材、パターン、ディテール、服を構成する要素の至る所に複雑な作りが施され、その複雑さが一着の中で幾重にも重なる合う。ブルゾンは引き裂かれたように身頃がはだけ、裏地は露わになり、合わせられたインナーが絡み合うようにブルゾンと一体化している。フーディにはスプレーペイントしたようなグラフィックや、某アウトドアブランドのロゴをモチーフにしたデザインなど、服を美しく華やかに見せるというパリ伝統のエレガンスとは真逆のエレガンスが圧迫感と共に並ぶ。

ミハラヤスヒロに見られたデザインの複雑性と重層性は、日本モードブランドの王道と言える手法だろう。近年の若手日本ブランドにはあまり見られなくなったが、「コム デ ギャルソン(Comme des Garçons)」「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」「ジュンヤ ワタナベ(Junya Watanabe)」「アンダーカバー(Undercover)」「サカイ(Sacai)」「カラー(Kolor)」「ダブレット(Doublet)」と、名前を挙げれば次々に出てくるが、パリで、世界で評価を得る日本ブランドに見られるデザインアプローチである。

パターンは複雑であり、素材は加工と色が探究され、ディテールは緻密に作り込まれ、服一着に込められた濃度が深く濃く重い。上質な素材をシンプルなシルエットで表現するデザインが好まれる現在の日本マーケットでは、ミスマッチなデザインかもしれないが、僕がモードと聞いた時、思い浮かべるデザインはまさにこの複雑性と重層性であり、海外で活躍する日本ブランドによく見られる共通点だった。日本のモードブランド伝統の手法を、ミハラヤスヒロは日本のカジュアルスタイルを基盤にして浅草カラーに染め上げ、コレクションを完成させていた。

浅草は三原にとって、もの作り原点の地でもある。多摩美術大学在学中に独学で靴作りを始め、浅草の靴工場に飛び込み、靴作りの技術をさらに磨き上げ、1996年に自身のブランドを設立する。企業でデザイナー経験を経ることなくブランドを立ち上げ、そのまま人気ブランドへと成長していき、約25年が経過した今もブランドは世界を舞台に活躍している。三原は天才肌の人間と言えるだろう。

最近特に強く思うのは、日本人デザイナーが世界で戦うには、日本のカルチャーを押し出すことの重要性である。ただし、日本のカルチャーならなんでも良いわけではなく、デザイナーと強く紐づくカルチャーであることが重要だと実感する。アンダーカバーの高橋盾には裏原宿のカルチャーが背景にあるし、サカイの阿部千登勢やカラーの阿部潤一には「コム デ ギャルソン」という日本カルチャーが色濃く、しかし、ギャルソンカルチャーに染まり切るのではなく独自色に塗り替えている。

僕は2022AWコレクションのミハラヤスヒロは、近年のベストミハラヤスヒロだと感じていた。そう感じた理由は、きっと浅草という三原に紐づくカルチャーが連想され、「モードウェアを着る寅さん」という、これまで僕が書いたことのない独創的イメージの言葉を思い浮かべせたからに違いない。デザイナーが自身のバックボーンとなる日本カルチャーを、時代感と共に新たな解釈で作り上げてモードの文脈に提示した時、そこに世界を揺らすファッションがきっと生まれる。

展示会の最後、三原と話す機会が訪れる。文化服装学院時代、今から16年前に僕は一度会っていた。その時の詳細を公に書いて記録に残すのは、あまりに自分にとって大切で貴重で転機とも言える出来事だったため控えようと思うが、当時のことを三原は覚えていた。そして、展示会で話してくれたのは16年前の続きと言える話で、マルセル・デュシャン(Marcel Duchamp)、フランク・ステラ(Frank Stella)、ジャクソン・ポロック(Jackson Pollock)、「アートとは何か?」という話を聞き、今日この展示会に来れたことを嬉しく思った。

日本モードが世界で戦う手法を示した奇才で異才なデザイナーは、深い思考と論理を秘め、そして直感力を武器に、世界へ創造性の意味を説いていくだろう。

Official Website:miharayasuhiro.jp

Instagram:@miharayasuhiro_official

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