展示会レポート Kanako Sakai 2022AW

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2022AW展示会レポートの今回は、2022SSのデビューシーズンから「ロンハーマン(Ron Herman)」「スーパーエーマーケット(Super A Market)」など人気セレクトショップでの取り扱いが決まり、素晴らしいスタートを切った「カナコ サカイ(Kanako Sakai)をお送りする。

会場は前回と同じく都内の某所で、入口を抜けると左手の壁一面にコレクションがラックに掛かって並び、会場奥に今コレクションのテーマとなったユリカ シロヤマ(Yurika Shiroyama)の絵が壁に掛けられ、他にはテーブルと椅子があるだけのとてもシンプルな空間構成だ。白、青、ベージュ、黒と複数の色が目に飛び込み、僕が感じたのは心地よさだった。デビューシーズンにも感じたが、カナコ サカイは色使いに多彩さは見られるのだが、強い刺激とは距離を置き、色の雰囲気が淡く優しく、自然の風景を目の当たりにしているような、穏やかな森林に佇んでいるような、清らかで美しい感覚が静かに染み込む。

デビューシーズンでも披露したオリジナル素材は、そのこだわりをいっそう深めていた。印象に残った素材の一つがジャカード生地である。道にできた水たまりの上に広がる波紋のようにも見え、川の水面を流れゆく重なり合う無数の葉にも見え、見る角度によって自然の起こす現象が頭の中に描き出される。素材の表面に現れたネップとグラデーションを成す模様が、僕にはこの世に生を受け、長年生きてきた動物の皮膚も想像させた。

もう一つ僕の心を捉えた素材がデニムだ。緯糸にヘンプ、縦糸にコットンを用いたデニムは、生地の表面をとても薄いグリーンの膜が覆って、その下のインディゴブルーを透かすような、やや緑みがかった青、通常のデニムとは異なる不思議で儚げなブルーを作り出し、カナコ サカイの色はカジュアルの王様であるデニムも淡く優しい存在へと書き換えていた。

オリジナル素材を開発するブランドは珍しくはない。原料にこだわり、染色にこだわり、織り方編み方にこだわり、生地の触り心地、色の見え方、軽さや重さにこだわっていく。とりわけ日本では、上質な素材をシンプルに仕立て、シルエットの美しさを探求した服が人気で、モードの中心パリではあまり見られないデザインが日本国内では人気となっている。

前述したようにカナコ サカイも素材に対して深いこだわりを持ち、オリジナル素材を開発している。だが、同じようにオリジナル素材を武器にするトレンドのデザインとは、いささか違う印象を受けた。今人気の素材系ブランド(一旦こう呼ぼう)は、素材のタッチと色の表現を重視しているように思う。カナコ サカイも素材のタッチと色の表現を重視しているが、より立体的、3次元的に感じるのだ。

例えば、先ほどピックアップしたヘンプとコットンを使用したデニムは、生地の表面にネップが作り出され、そのネップが光の加減によってほのかに陰影を生み出し、平面であるはずの布の表面に立体感を生んでいた。一見すると粗いはずの表面が、美しさへと変わっているのだ。

アスファルトの壁や道、数十年と時間を経たビルの外壁、塗装された室内の壁や天井、山や海の土と砂、生い茂る樹々の外皮、人間の手で作られたもの、自然によって作られたもの、普段はなんとも思わない表面が、光によってある瞬間美しく感じられることはないだろうか。漆喰で塗られた壁のように光を吸収し、単なる壁が美しく見える。素材のテクスチャーをデザインする。それが、僕にとってのカナコ サカイの素材だった。

ここで、僕は一つの住宅建築を思い出す。建築家の高橋一平による「Casa O」である。この住宅は旗竿敷地に建てられ、東西南北を隣家に囲まれた築45年の木造住宅をリノベーションした住宅で、この家の写真を見た時に僕は驚いてしまった。通常は隣家に囲まれた戸建の場合、太陽の光を中に取り入れる際は、壁に窓の数を増やすのではなく、トップライトを作って光を家の中に引き込む設計が多い。

だが、高橋一平は逆転の発想をする。

あえて開口部の窓を増やし、隣家の壁が家の中から見えるようにしたのだ。もちろん、隣家の開口部とは重ならない場所に窓を設け、周囲の視線とぶつからないようにしている。Casa Oに設けられた新しい窓から見る隣家の壁は、長年の風雨によって経年変化を起こし、壁に味わい深い表情を生み出し、Casa Oの窓枠がキャンバスとなって、一種類の色で描かれた抽象絵画のような美が現れ、さながら室内はギャラリーに変化していた。普通なら嫌悪されるはずの壁を、美しいものへと存在を変える。この価値観の転換を覚え、僕は高橋一平の発想に恐れ入った。

本来なら見過ごされるはずのテクスチャーに、エレガンスを注入する。それを僕はカナコ サカイの素材からも感じる。そして、テクスチャーの個性を生かすため、複雑なカッティングは極力施さず、シンプルに仕立てる。しかし、そのカットはメンズウェアに近い印象を覚える強く硬いシルエットで、一見シンプルに見えた服もベーシックなブルゾンやコートにはないカッティングが隠し味のようにそっと施され、服の印象を書き換える。

重さや複雑さは迫ってこない。服に対する情熱と探究心は、抑制して優しく淡く仕掛ける。鮮烈で強烈な外観を持つモードウェアとは違う価値を、上質な素材をシンプルな美しいシルエットで作った服とは異なる価値を、カナコ サカイは現代ファッションの文脈に刻む。

Official Website:kanakosakai.com
Instagram:@kanakosakai_official

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