AFFECTUS No.319
アメリカントラッドはファッション普遍のスタイルとして世界に浸透し、多くの人たちに愛されている。伝統のファッションゆえ、そこに革新性が取り入れられるとインパクトが強いデザインが生まれる。「トム・ブラウン(Thom Browne)」は、アメリカントラッドのアヴァンギャルド化に成功した稀有なブランドだ。
逆に、トラッドファッションの基本に則りながら、デザインの焦点をシルエットに絞って新鮮なイメージを打ち出すことに成功したブランドもある。スコット・スタンバーグ(Scott Sternberg)在籍時の「バンド・オブ・アウトサイダーズ(Band Of Outsiders)」は、アメリカントラッドとはこんなにもスリムでカッコいいファッションなのかと痺れた。
2022AWシーズンのパリで、このアメリカントラッドを主題にしたブランドが登場した。ミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada)の「ミュウミュウ(Miu Miu)」だ。「プラダ(Purada)」ではコンサバファッションに「悪趣味なエレガンス」と僕が呼ぶ特殊な感性を注入し、川久保玲とは異なるタイプのアヴァンギャルドな才能を見せるミウッチャは、ミュウミュウで爽やかなトラッドガールを披露する。
もちろん、ミウッチャがシンプルなアメリカントラッドをデザインするわけない。彼女の悪趣味なエレガンスは、ミュウミュウでも健在だった。いや、むしろ現在のプラダよりもミウッチャの本領が強く表れたデザインと言っていいだろう。
ファーストルックに登場したのは、トップスとボトムだけでなく、シューズとソックスまで白で統一された完璧なホワイトルックだった。スキッパータイプのニットに膝上レングスのプリーツスカートを合わせ、トップスの袖口、裾、衿端、スカートのウェストにネイビー×レッドの並行ラインが入り込み、白・紺・赤の組み合わせはまさにこれぞアメリカントラッドというカラーコンビネーションである。爽やかなかわいさが実に魅力的なトラッドガールだ。
だが、すぐさま違和感に襲われる。トップスの着丈がやけに短い。おへそが露わになり、伝統のファッションはミウッチャによって前衛への歩みを始めていく。
次に登場したのは、ファーストルックと同じ白いスカート、ソックス、シューズに、今度は赤いVネックニットを合わせ、ワイドシルエットのライトグレーコートがスタイリングされたスタイルで、アメリカントラッドを着ていた祖父のテーラードコートを、孫娘が着用しているようなフレッシュかつシックな魅力にあふれている。
しかし、ここでも違和感に気づかされる。前述の白いスカートの丈がやけに短い。膝上30cmはあるだろうか、下着がギリギリ見えないぐらいのスカート丈と言っていいスーパーミニスカートの登場だ。
そしてサードルックでは、前述の2ルックの特徴が一つになったルックが現れた。おへそが見えるほど短いスキッパータイプの白いニットトップスに、同じく白のスーパーミニプリーツスカートが同時にスタイリングされている。ソックスとシューズの色も同様に白で、首元にはストールが巻かれ、脚の付け根に達するほどの長さで垂れていた。
よく見てみるとスカートは腰履きで、下着のウエストが見えているようなデザイン(厳密には下着ではない)になっており、ヘムラインは切りっ放しの仕様で裾から糸が垂れ下がっていた。既存のトラッドなスカートを自分好みの短さにカットして穿いている。そんな背景の想像が浮かび上がるスカートだ。
コレクションは、このスーパーミニレングスのトップス&スカートのスタイルを軸に、色は白を主役に据えてネイビー、レッド、アウターはブラック、ブラウン、ライトグレー、終盤にはこれまたトラッドに欠かせないチェック素材を使用し、そしてトリコロールカラーのラインをアイテムの所々に配色して、アメリカントラッドの基本を押さえながら、着丈を極端に短くするというシンプルな手法だけで伝統のファッションに、アヴァンギャルドを持ち込むことに成功していた。
ここにミウッチャの本領が発揮されている。彼女のコレクションは確かに異様な空気、奇妙な違和感が感じられるのだが、スタイルそのものはオーソドックスで、服のフォルム自体もシンプルだ。決して複雑で大胆、迫力ある造形で歪さを生み出しているわけではない。シンプル、ベーシック、スタンダード、そのような言葉が似合うデザインをベースにして、色、素材、ディテールなど、服の内部に不可思議な組み合わせを起こし、コレクションに魅力的な違和感を作り出す。
この2022AWコレクションには、まだ隠し味があった。発表されたショーはウィメンズコレクションだが、男性モデルも同時に登場している。ジェンダーレスが進行して以降、男女のモデルを同時に起用するショーは大幅に増加し、もはや珍しいものではない。しかし、ミウッチャは近年のファッション界の常識も揺らす。
ライトグレーのプリーツスカートとテーラードジャケット、グレージュのソックスを履いたルックが現れるが、モデルは男性だった。今度はネイビーのポロニットとショーツ、チャコールグレーのソックスと黒いレザーシューズをスタイリングしたモデルが登場するが、このモデルも男性モデルだった。ミウッチャはウィメンズで披露したスタイルを、男性向けのアレンジはミニスカートをショーツに変化するなどの最小限にとどめ、トラッドガールのエッセンスを男性にも注入する。
伝統のファッションに、造形の大胆さを用いずアヴァンギャルドなイメージを植え付ける。天才ならではのアプローチだ。いや、天才というよりも奇才と呼んだ方がミウッチャには似合う。世界でも希少な才能を持つミウッチャ・プラダ。僕は未だ彼女の文脈を引き継ぎ、更新する才能に出会えていない。
ショーのフィナーレに現れたミウッチャは、チャコールグレーのVネックに白いクルーネックのカットソーを合わせ、Aラインの白いミディアムフレアスカートを着用し、王道のコンサバファッションを披露する。伝統の尊重と捻転を同時に行う奇才を更新する才能は、いつか現れるだろうか。それとも、そんな日は訪れないのか。ミウッチャ・プラダは一人孤高の世界を歩む。
〈了〉