ルッツ・ヒュエルが正統な系譜を受け継ぐ

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AFFECTUS No.321

ファッション界を去った以降も大きな影響力を示すマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)。2008年の引退後、2017年にアントワープのモードミュージアムMoMuで『Margiela: The Hermès Years』、2018年にパリのガリエラ宮モード美術館で『MARGIELA GALLIERA 1989/2009』という二つの展覧会が開催され、2本のドキュメンタリー映画(『We Margiela』『Martin Margiela: In His Own Words』)も公開されるなど、マルタンの影響力は引退後にむしろ大きく強くなったと言えるほどだ。

マルタンは「Margiela Style」と呼ぶにふさわしい独自のスタイルを、ファッション界に刻んだ。贅沢で高級な素材とは真逆の古びたチープな素材、誰もが一度は着たことはあるであろうジーンズやトレンチコート、暗くはないが沈んだトーンで静かな雰囲気が漂う色使い、真新しい服のはずなのに古着のような時間の経過を感じさせるなど、マルタン登場以降、フォロワーとなるデザインを生み出すほどにオリジナリティあふれるスタイルは、大きな影響力を及ぼし続けている。

コレクションのアイデアは面白く、かつファッションとして見た時に「着たい」「欲しい」という刺激を受けるかどうか。これはモードブランドにおいてとても重要ことだが、マルタンはアイデアの面白さと魅力的なファッション性を同時に実現させる稀有なデザイナーだった。そして今、マルタンのファッション性のみに注目した時、彼の正統な担い手と言えるデザイナーがいる。ルッツ・ヒュエル(Luts Huelle)だ。

ルッツは、ロンドンのセントラル・セント・マーティンズ(Central Saint Martins)在学中の1992年から「マルタン・マルジェラ」のショールームを手伝うようになり、卒業後の1995年にメゾンへ入社し、主にアーティザナルラインとニットラインのコレクションを担当して経験を積んでいった。そして2000年に独立を果たし、自らのブランドを立ち上げる。

僕が思うマルタンの全盛期は、デビューの1989SSシーズンから約10年だと考えている。ルッツが所属していたのはインターン時代を含めると、1992年から2000年までの8年間で、まさにマルタンの全盛期とほぼ合致している。ルッツのコレクションには、マルタンが持っていたファッション性の系譜を正当に受け継ぐ本物の香りがしてくる。

グレーや白、褪せたブルーデニムといった抑えめのトーンの色を多用し、ジーンズやMA-1ブルゾンなどのカジュアルアイテムと同時に、テーラードジャケットやプリーツスカートなどドレッシーなアイテムも混ぜ合わせつつ、街で着たくなるリアリティをいつも確立し、パープルやライトブルーがチープな光沢を見せる素材は、高級で上質というファッション最高峰の価値とは逆の価値を見出す、まさにマルタンの姿勢そのものである。

僕がルッツをマルタンの正統者だと考える理由の一つに、違和感の盛り込みがしっかりとデザインされている点がある。ルッツは、アイテムの中に唐突なディテールを挟み込む。例えば最新2022AWコレクションでは、黒いハイネックのカットソーに、色落ちの異なるデニム素材を切り替えたジーズンを合わせたルックが発表され、カットソーの左右の上腕部分にパフスリーブをカットした、袖山を盛り上げたディテールが取り付けられている。カットソー&ジーンズというデイリーでカジュアルなスタイルの中に、唐突に入ってきたドレッシーなディテールが、ありふれた服装に奇妙な空気を立ち上げた。

また、ルッツの特徴は切り替えの入れ方にも現れていた。素材の切り替え線は縦、もしくは横方向に入っていることが多いが、ルッツの2022AWコレクションで見られるのは斜め方向への切り替えだ。

前述のパフスリーブカットソーとスタイリングされたジーンズには、色の濃度が異なる2種類のデニム素材が使われていた。薄いブルーのデニムはジーンズの中央を、脚を通す二本の筒をまたがって斜めに大胆な角度と面積で切り替えられ、もう一つの生地である濃い色のブルーデニムは、その他の箇所に使用されている。

切り替えを斜めに行うというありふれたテクニックを、トップスとボトムの両方で使用し、しかも大胆な角度かつ大きな面積で実行する。こういった違和感の挿入を街で着るためのリアリティを持たせながらデイリーなデザインに完成させるスキルは、マルタンよりルッツの方が上手いように思う。

このようにルッツは、リアルなスタイルの中に奇妙な感覚を抱かせるシルエットバランス、素材の切り替え、色の組み合わせといった要素を混ぜて、現実世界にシュールな味付けを施し、しかし大げさに表現するのではなく、さらっと行う味付けのバランス感覚がマルタンと非常に似ている。

だが、それではルッツもただのマルタンのフォロワーではないかという疑念を抱くかもしれない。もちろん、ルッツとマルタンの間には明確な違いがある。それはマルタンのもう一つの特徴であるコンセプチュアルな側面を、ルッツは完全に排除している点だ。

マルタンはファッション性が高いコレクションを発表する一方で、トルソージャケットが代表するようにコンセプチュアルな作風も持ち味である。その作風が現れたデザインは時には難解になり、街で着るにはいささか感覚的重々しさを背負うことがある。例えば、前述のトルソージャケットを実生活で着るには、なかなかにハードルが高い。しかし、ルッツにはそのようなコンセプチュアルな重みはない。徹底してファッション性に特化しているのだ。

マルタンの特徴であるコンセプチュアルデザインとは完全に距離を置き、師が持つもう一つの武器であるファッション性にフォーカスし、徹底して磨き上げられたスタイル。それがルッツの本領であり、彼のコレクションには前衛的な革新性が見られることはないが、いつだって「ああ、この服を着る人がいたら、とても魅力的だろう」と思わせる、着ることの楽しさ、喜びというファッションの原点を教えてくれる。

マルタンがファッション界から去ってしまい、彼の新しいコレクションが見れないことには寂しさが伴う。しかし、マルタンのファッション性を今も楽しみたいと思うなら、彼の復帰を願う必要はない。僕たちにはルッツ・ヒュエルがいるのだから。マルタン・マルジェラの正統なる系統者の服に今注目しよう。

〈了〉

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