2010年代後半のストリート旋風を振り返る 1

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AFFECTUS No.325

2010年代後半、ファッション界はストリートウェアが時代の主役だった。どの都市、どのシーズンのコレクションを見ても、ストリートウェアの影響を見ないことはない。ランウェイは極限のビッグシルエットにあふれ、クラシカルなエレガンスが魅力のブランドにも、スケーターファッションに端を発するスタイルの影が濃厚に見える。そんな時代だった。

ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)、キム・ジョーンズ(Kim Jones)、マシュー・ウィリアムズ(Matthew Williams)、ジェリー・ロレンゾ(Jerry Lorenzo)、ヘロン・プレストン(Heron Preston)、ルーク・メイヤー(Luke Meier)……。名前を挙げれば、次々に出てくるストリートの文脈に位置するデザイナーたち。だが、世界を覆う熱狂を生み出した張本人は、この男以外に考えられない。2014年に「ヴェトモン(Vetements)」をデビューさせたデムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)である。

デムナが登場する以前、世界に浸透していたスタイルは「ノームコア(Normcore)」だった。このノームコアという言葉、元々はファッションを指すものではなかった。ニューヨークを拠点に活動するK-HOLEが、2013年10月に発表したレポート「YOUTH MODE:A REPORT ON FREEDOM」に登場した言葉だった。

K-HOLEは、世の中のトレンドを研究してレポートする集団であり、先のレポートはブラジルの消費者文化調査機関「BOX1824」との共同で発表されたものである。このレポートに登場するノームコアにファッション的意味はなく、ミレニアル世代に現れたある姿勢を意味している。

これまでは、他人と違う行動、考え方、表現をすることで個性が表現されてきた。だが、インターネットが世界のインフラとなった今では、世界中に数え切れないほど個性を表現する人々があふれ、個性の表現はもはや当たり前となった。そうなると、人とは違うことをしているはずなのに、「人と違うことをする人々の集団」とみなされ、人と違うということ自体が埋没してしまい、珍しいものではなくなる。これをK-HOLEが発表したレポートでは「マス・インディ(Mss Indie)」と言う。

そしてマス・インディの対語がノームコアになる。自己主張の強い表現はせず、集団に溶け込む服装を選ぶ。どれだけ普通の服装を着ようが個性は現れるもので、それを殊更に表現しなくてもいい。普通の服装をすることで、どんな集団ともコミュニケーションが図れ、他者との繋がりが生まれていく。それが大意でのノームコアであり、決してシンプルな服を着るファッションを意味する言葉ではなく、生き方の姿勢を表す言葉と言える。

そしてK-HOLEのレポートに登場したノームコアは、究極にシンプルなファッションとしてニューヨークが起点となって世界に広がっていき、ノームコアは最先端デザインを求めるモードにも影響を及ぼす。

「バレンシアガ(Balenciaga)」在籍時は、近未来世界のアヴァンギャルドを見せていたニコラ・ジェスキエールが、2013年に移籍した「ルイ ヴィトン(Louis Vuitton)」ではノームコアをニコラ流に解釈したコレクションを発表した。

2014AWコレクションのルイ ヴィトンは、ニューヨークの女性たちが着るモードなモダンウェアとも言うべき、シンプルでリアルなシルエットを崩さず、色、素材、ディテールのアレンジで見せていく内容に構成されるが、本物のノームコアスタイルに比べれば、このコレクションはかなりデザイン性の高いモードウェアに分類され、ノームコア的シンプルさがあるとは言い難い。

しかし、このコレクションをジェスキエールが手がけたとなると、見方は変わってくる。

ジェスキエールはバレンシアガ時代の2007SSコレクションで、コンケーブドショルダーの弓形をさらに強調した造形が鮮烈だった映画『マトリックス』的世界観のデザインや、同じくバレンシアガ2007AWコレクションでは民族衣装×トラッドウェア、2008SSコレクションではクチュールライクなミニドレスと宇宙世界を融合させたコレクションを披露し、先述の近未来世界アヴァンギャルドを得意としてきたデザイナーだ。そんなジェスキエールが手掛けたとは思えないシンプルさが、ルイ ヴィトン2014SSコレクションには見られたのだ。

このノームコアが、後に起こるストリート旋風の基盤となっていく。

〈続〉

参考資料
WIRED「『ノームコア』が本当に意味するもの」
noeon「ノームコア派なるものはない – K-Hole再読」
GINZA 2015年1月号「ノームコアとは何だったのか会議、開きます。」
*ノームコアについてより詳しく正確に知りたい時は、上記の文章がおすすめです。今回僕が書いた内容よりも詳しくノームコアについて知ることができます。

文中に登場したK-HOLEのレポート「YOUTH MODE:A REPORT ON FREEDOM」(英語)は、K-HOLEのウェブサイト(下記URL)からPDFをダウンロードして読むことができます。

http://khole.net/

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