2010年代後半のストリート旋風を振り返る 2

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AFFECTUS No.326

モードはファッショの文脈の解釈を競い合うゲームでもある。新しいファッションが生まれる時は、それまで時代の主流を占めてきたファッションとは全く異なるファッションが、カウンターとして現れる。1989SSシーズンにデビューしたマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)は、1980年代に時代を支配していた煌びやかで豪華絢爛なファッションとは逆の、ポペリズム(貧困者風)ルックでスリムシルエットのカウンターデザインを披露し、時代を更新した。

また、1990年代後半から活躍が顕著になってきたアントワープ王立芸術アカデミー出身のデザイナーたち(以降、アントワープ派と称する)は、デザインの手法からカウンターを起こす。アントープ派が登場するまでのデザイナーは、映画や旅、アート、映画スターや歴史上の人物というふうに、デザイナーの世界の外にインスピレーションを求めるデザインが多かった。

だが、アントワープ派は自分のアイデンディティを表現する。ここで言う「アイデンティティを表現する」とは何か。これまで様々なコレクションを見てきて僕が捉えた解釈で、アントワープ派のデザインを語ってみようと思う。

アイデンティティとは「その体験がなかったら、今の自分がいない」という類の体験を指す。コレクションを見れば、デザイナーが何を好きで、何に魅了されてきたかがわかる。アイデンティティの表現はデザイナーの人間性をあぶり出すコレクションであり、それがアントワープ派の特徴だ。

アン・ドゥムルメステール(Ann Demeulemeester)はパティ・スミス(Patti Smith)に魅了されてきた自分の人生をコレクションに投影し、アンの服はまるでパティ・スミスのためのユニフォームのようだった。アカデミーの卒業生ではないがアントワープ派に属すラフ・シモンズ(Raf Simons)は自分が魅了されてきたロックミュージックを手段に、男性の少年性という美しさをデザインした。

厳密に言えばアントワープ派のデザイナーもインスピレーションは、自分の外の世界に求めている。だが、外の世界の出来事でも、デザイナー自身の世界に深く長い歳月入り込み、デザイナーの人生の一部となっているものが「その体験がなかったら、今の自分はいない」とというアイデンティティになっている。

長い説明になってしまったが、モードのデザインは時代の流れを引き継ぎながらカウンターが現れる。

ストリート旋風はノームコアを引き継いでいた。ノームコアはそのシンプルさが話題を呼んでいたが、カジュアルウェアが基盤になったシンプルさが特徴だ。ストリートウェアはノームコアのカジュアルウェアという側面を引き継ぎながら、シンプルさとは逆のデコラティブなデザインでカウンターデザインを生み出した。

身体のラインを曖昧にするビッグシルエット、ロゴやグラフィックを大量に用いたプリントデザイン、色や柄もボリューミーに使用し、ノームコアと同じカジュアルウェアでありながら外観は単なるシンプルさとは対極の姿を表し、コレクションシーンの注目は一気にストリートへ流れ込む。

もし、カジュアルウェアではなくテーラードジャケットやドレスなど、クラシックなファッションでビッグシルエットやグラフィックを用いたコレクションだったら、ストリートウェアと同じブームを起こせただろうか。それは無理だったのではないかと思う。今もそうだが、今や人々の服装はカジュアルが中心だ。IT企業が時代の中心となり、オフィスで働く服装はカジュアル化が進行して、それが他業界にも波及し、ジャケットを取り入れたプライベートスタイルは昔のことになっていた。当時はクラシックなファッションを日常的に着る気分ではなかったように思う。そんな時代に、いくらカウンターが必要だからと言って、クラシックファッションを打ち出しても熱狂を生むのは難しかっただろう。

話を戻そう。

ノームコアが持っていたカジュアルウェアの側面を引き継ぎ、対極の装飾的デザイン性のストリートウェアで時代の主役を奪ったのが、2014年にスタートした「ヴェトモン(Vetements)」だ。世界中で熱狂的なファンを生み出したデザイナーのデムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)だが、デビュー当初はストリートウェアの匂いはかなり薄いコレクションを発表していた。

デビューコレクションは、2000年代の「メゾン マルタン マルジェラ(Maison Martin Margiela)」を彷彿させるコレクションだった。あまりカジュアルウェアの要素は感じられず、むしろジャケットやスラックスなどマルジェラ得意のアイテムとスタイルをベースにコレクションは構成されていた。デビュー時から、マルジェラ出身というデムナのキャリアから注目されていたヴェトモンだが、今思えばその後のヴェトモン人気と比べると当時の注目度は地味だった。

しかし、デビューから3シーズン目を迎えた2015AWシーズン、デムナは覚醒する。それまでのマルジェラのモダナイズ的コレクションから、ストリートが前面に出たコレクションに生まれ変わる。フーディ、MA-1、ジーンズとストリートを代表するアイテムの構成比率が高まり、極大のビッグシルエットで作れられた服は時代の転換を告げる。

デムナはストリート×マルジェラという方程式で、2015AWコレクションを完成させていた。2000年代にマルタン・マルジェラがトレンチコートで発表した超ビッグシルエットを取り込み、2015AWコレクションでもマルジェラと同じく巨大なトレンチコートを発表しながら、MA-1やレザーブルゾンも巨大なサイズで仕立て上げ、ジーンズ、フーディを増やしてマルジェラのクラシックとは決別する。

マルジェラの懐かしきデザインを思い浮かべるヴェトモン2015AWコレクションは、当時すでにファッション界を去ってしまい、マルジェラがいなくなったモードの寂しさを埋める要素があったように思う。もちろん、ストリートなコレクションは、完璧にマルジェラの系譜を受け継ぐデザインではない。だが、マルジェラ出身というデザイナーが、マルジェラの代表作を自身が影響を受けてきたカルチャーのストリートで再解釈したコレクションは、マルジェラマーケットに響くデザインだった。

2015AWコレクション以降、デムナはショルダーラインをアメリカンフットボールのプロテクター並みに好調したり、色と柄を重層的に用いてアグリー(醜い)の要素も合流させ、方程式はストリート×マルジェラ×アグリーへと進化し、さらなる熱狂を生んで世界の覇権を掴み取る。

デムナはストリートと、それまで醜いと思われたものの美しさを見出すアグリーで、モードのみならずマスマーケットにまで新しいファッションの価値観を作り出したが、今になって重要に思えるのはジェンダーレスへの影響だ。当時ジェンダーレスの文脈で注目されたのはジョナサン・ウィリアム・アンダーソン(Jonathan William Anderson)だったが、デムナとヴェトモンもジェンダーレスの文脈で重要な役割を果たしたように思える。

次回はジェンダーレスの文脈からストリートウェアを見ていきたい。デムナ発のストリートウェアの影響は凄まじく、その影響は形を変えて社会に浸透していったと僕は思っていて、その辺りのことも次回では触れたい。当初は前編・後編の2回で終わると思っていたが、少なくも3回ぐらいになりそうだ。もし、3回で終わらないようだったら、他のテーマのAFFECTUSを挟み込みながら、2010年代後半に起きたストリートウェア旋風の振り返りを続けていこうと思う。

〈続〉

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