2010年代後半のストリート旋風を振り返る-3

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AFFECTUS No.327

現在、メンズとウィメンズを同時発表するブランドは増加したが、モードでジェンダーレスが始まるきっかけとなったのは、ジョナサン・ウィリアム・アンダーソン(Jonathan William Anderson)の登場で間違いない。フリルシャツなどウィメンズウェアのアイテムを、メンズウェア用にアレンジすることなく筋肉質な男性モデルに着せてランウェイに登場させ、インパクトあふれるコレクションはファッション界の中で瞬く間に話題となり、アンダーソンは注目を浴びる存在になっていった。

その影響力は他のブランドにも及び、男女の境界が曖昧化したファッションが台頭していき、今や男女双方の服を一つのランウェイで発表することは、以前にもまして珍しいことではなくなった。ファッション界でジェンダーレスファッションが浸透するにつれ、社会ではジェンダーレスに関するニュースも増加し、社会の性差に関する意意識も大きく変わっていった。

ジェンダーレスの始まりはアンダーソンだったが、浸透させる役割を果たしたのはデムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)発のストリートウェア=「ヴェトモン(Vetements)」だったと思う。強いインパクトを放つアンダーソンのコレクションは、性差の意識に働きかけるパワーはあったが、フリルやスカートを男性が着るというスタイルは実際に街中で着るには難易度が高かった。

そこでヴェトモンの超巨大ビッグシルエットが、アンダーソンのコンセプトにリアリティを持たせた。フーディやMA-1など街中で着やすいカジュアルウェアをベースに、極端にシルエットを誇張したヴェトモンのデザインは人間の身体のラインを曖昧化し、男女の間にある身体の差異をほぼ消失させた。コレクションシーンで世界中の注目を集めていたヴェトモンのデザインは、ファストファッションやファッションメーカーも参考することになって、マスマーケットに浸透していく。

パリやロンドンなどのコレクションで発表されるデザインは奇抜な側面もあって、モード愛好家以外の方が見れば「こんなデザインの服を、いったい誰が着るのか?」と思われることも多いが、ファッション界はコレクションブランドのデザインをリサーチし、その特徴を失わないまま現実的なデザインに落として込んだ商品企画が行われるビジネス習慣があり、コレクションブランドのデザインは、時間を経て人々の服装を変えてるとも言える。

ヴェトモンが人気絶頂の時、街中でビッグシルエットのMA-1やフーディを着る高校生と思われる年代の男女を多く見て、デムナの影響力はここまで浸透したのかと非常に驚いた。若者たちの中で、自分の着ている服の源流になるヴェトモンやデムナの名前を知っている人がどれだけいたかは定かではないが、モードから生まれた一つの現象が、世の中にここまで広く行き渡った現象を僕は初めて見た。

2000年代前半に、驚異的な人気を生み出したエディ・スリマン(Hedi Slimane)の「ディオール オム(Dior Homme)」もスキニーシルエットが世の中にあふれて、その影響力に驚いたが、デムナほど多くの年代にまで影響力を及ぼすまでに至っていなかった。

男女の身体の差異を消失させるビッグシルエットは、社会にジェンダーレスを浸透させる重要な役割の一つだったように思える。

「ファッションにそこまでの影響力があるか?」

そう疑問を抱かれるかもしれない。だが、ココ・シャネル(Coco Chanel)がメンズウェアを取り入れたスタイルを自ら実践し、女性が働くという新しい生き方を生み出したように、人々の服装の変化が人々の意識を変え、変わった人々の意識が人々の行動を変え、変わった人々の行動が社会を変えてきた。ファッション(モード)の歴史にはそれが綴られている。

さらに時代を遡れば、フランス革命や明治維新においても服装の変化は、人々の意識と行動に影響を及ぼし、現代でもIT企業が時代の中心産業となった今では、服装のカジュアル化が普及していき、同時に多様な働き方も広がり、ここ数年ではさらに普及している。現代社会ではファッションは産業の中心ではないが、人々に、社会に影響を与えるという意味では今も大きな影響力を持っている。

ストリートウェアは単にファッションの現象にとどまらない影響力を生み、社会の意識変化も促す効果を持っていた。その一因を担ったのがヴェトモンから派生したビッグシルエットだった。2010年代に後半に登場したストリートウェア旋風は、そういう見方もできると僕は感じている。

そして次回では、デムナと同様にこのストリートウェア旋風を語る上で欠かせないもう一人の人物、ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)について言及したいと思う。そこで、一旦ストリートウェアをテーマにしたシリーズを終わりにしたいと思う。

ヴァージルは、デムナのようにコレクションそのもので世界に影響を及ぼしたというよりも、その活動方法で影響力を及ぼしたように感じる。1990年代に起きた裏原宿のムーブメントを世界規模でリバイバルさせた。ヴァージルに抱くのはそんな印象である。

〈続〉

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