もっと妖しい世界を見せて欲しいとマルニに願う

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AFFECTUS No.329

「マルニ(Marni)」を世界的人気ブランドに成長させた創業デザイナー、コンスエロ・カスティリオーニ(Consuelo Castiglioni)がブランドを去ってから約6年。後任としてフランチェスコ・リッソ(Francesco Risso)がブランドを引き継ぎ、今やマルニはデザイン面においてブランド名は同じでも、カスティリオーニ時代とは全く別のブランドに転換した。

カスティリオーニのマルニは幸福にあふれていた。豊かな色彩のフラワープリントは見ているだけで気分を明るくかわいく華やかにし、マルニを着た女性の姿は眩しほどに輝いていた。ありふれた表現にはなるが、「大人の女性のためのかわいい」とはカスティリオーニのマルニのためにある言葉だった。

しかし、そんなマルニをリッソは一変させる。カスティリオーニと同じくカラーパレットは多彩にも関わらず、コレクションから立ち上がる空気は妖しく暗く、妖気さえ滲む。今年2月に発表された最新2022AWコレクションを見ると、6年という月日がリッソの世界をさらに深め、妖気を増しているように思えた。

ショー形式で発表されたコレクションは、ランウェイの両脇に大きな草木が生い茂り、落ち葉や草木が落ちて土肌が露わになった道をモデルたちが歩く演出で、写真越しでも伝わってくる怪奇的世界のランウェイはホラームービーの様相さえ呈し、次々に登場するルックはさながらゴーストたちのモードウェアと呼べる仕上がりだ。

シャイニーな素材の白いロングドレスは、左脇が脇下から裾に向かって裂かれてモデルの身体が露わになっている。同様に左袖も袖の内側が裂かれていて、モデルの左腕の肌が露わになり、裾もほつれ、かつて悲しい思い出と共に処分されたはずのドレスをわざわざ見つけ出してきて現世で着ているかのようだ。ニットは袖丈が異常に長く作られ、不自然なまでに腕が伸びた人間が歩いているようで、その姿がまたホラーのイメージを強めていた。

リッソの造形デザインはシンプルに分類される。クレイグ・グリーン(Craig Green)やトム・ブラウン(Thom Browne)のように、迫力ある造形をデザインをしているわけではない。しかし、リッソは死者のイメージを混ぜ合わせ、リッソのデザインはイメージを使いこなすことで、シンプルな造形のコレクションにも特異な存在感=アヴァンギャルドを発揮できることが証明されている。

リッソと同じタイプのデザインに分類できるのは、キコ・コスタディノフ(Kiko Kostadinov)のメンズラインだろう。リッソとキコは、ファッションの伝統的価値観であるエレガンスには興味を全く示さず、歪で妖しい美しさを探求している。同じ妖しさでも、リッソはキコよりもホラー要素が強く、コレクションに登場するモデルたちの姿には生気が薄れ、特に今回の2022AWコレクションは死人のイメージがより強く深まっていた。

もう一つ、今回のコレクションから浮かんできたイメージがある。それは海賊だった。ショーでは帽子を被るルックがいくつも発表されているのだが、14番目に登場するルックと20番目に登場するルックの帽子が僕に海賊のイメージを強める要因となった。

数百年前の海賊が蘇り、数十年前に事件の遺品となっていた服を着て、現代の夜を歩く。

全ルックを見て、僕の中のイメージはさらに深まっていった。ただのゴースト的世界観ではなく、歴史的な背景のゴーストも感じられてくる。長い時間軸で妖しさが混じり合い、リッソは美しいものであるはずのファッションを、徹底的に逆のベクトルへ振っている。

「かわいいって何?美しいって何?」

僕はマルニの2022AWコレクションを見ていると、リッソがそんなふうに問いかけているように思えてきた。ここまでかわいさや美しさから距離を置くデザインに、僕はどんどん惹かれてしまう。気味の悪い服に美しさを感じるほどに。

近年の僕は妖しいデザインに惹かれることが多い。先ほど触れたキコ・コスタディノフも、以前はデビュー初期のワークウェアをモード化したコレクションの方が良いと思っていたが、今では人間が隠し持つ奇妙な感覚を具体化したような現在のメンズコレクションを好むようになったし、そんな僕だから当然リッソのマルニには惹かれてしまう。

おそらく一般的にはカスティリオーニのマルニの方が人気があるだろうし、好きな人は多いと思う。だけど、僕は多くの人たちが美しいとは思わないものに、新しい美しさを見出そうとするデザイナーの挑戦に強く惹かれる。近年の僕の欲求に応えてくれるリッソだが、まだまだ物足りない。きっと、彼にはもっと深い闇があるように思えてならない。どうか、僕にもっと奇妙で妖しく、暗くて澱んだ世界の美しさを見せてほしい。リッソに抱くのはそんな期待だ。

〈了〉

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