グレン・マーティンスはディーゼルも捩る

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AFFECTUS No.330

有名ブランドのクリエイティブ・ディレクターに誰が就任するか。これはファッション界ではエンターテイメント性あるニュースで常に注目を浴びるが、「クリスチャン・ディオール(Christian Dior)や「ルイ ヴィトン(Louis Vuitton)」のような超一流ラグジュアリーブランドだけに限った話題ではない。今から2年前の2020年、イタリアのカジュアルブランド「ディーゼル(Diesel)」は、新クリエイティブ・ディレクターに「ワイプロジェクト(Y/PROJECT)」を率いるグレン・マーティンス(Glenn Martens)の起用を発表した。

セクシーなデニムが人気のディーゼルと、アンダーグラウンドでダークなモード感が得意のグレン・マーティンスがタッグを組むと知った時、僕は両者の相性は良さそうに思えて期待値が高まった。現在、新生ディーゼルは2022SSコレクション・2022プレフォール・2022AWコレクションの3コレクションを発表しているが、今回はメインコレクションの2022SSと2022AWをピックアップし、いったいマーティンスはディーゼルをどのようなデザインに仕上げているのか、それを見ていきたいと思う。

ちなみにディーゼルがクリエイティブ・ディレクターを起用したのは、マーティンスが初めてかと思ったが、2013年から2017年までニコラ・フォルミケッティ(Nicola Formichetti)が務めており、マーティンスは3年ぶりのディレクターということだった。

では、まずはデビューコレクションの2022SSコレクションから始めたい。

最近ではもはや当たり前となったメンズ&ウィメンズの同時発表で、総型数が80型とかなりのボリュームが発表されているが、1stルックからマーティンスの特徴が発揮されている。アイテムはカーディガンのようにフロントをボタンで留める半袖の白いトップスと、ブルージーンズ、ブーツという、デニムが人気のブランドらしい王道のカジュアルスタイルをトップに持ってきた。このシンプルスタイルを、マーティンスが得意のツイスト感で料理する。

白いトップスは袖丈が短く、シルエットもかなりコンパクトで、それらのディテールも特徴なのだが、最もインパクトを放っているのはカッティングだ。これは実物を見ないと正確な構造が判明しないのだが、ルック写真を見た通りの感想を述べたいと思う。本来カーディガンは、フロントボタンを外すことで、左右の身頃が分かれて脱ぎ着が可能な作りになっているが、ディーゼルのカーディガン型トップスは、左右の前身頃が前中心の裾で一続きに繋がっているように見える。

また、前中心の裾から脇に向かって、カーブを描きながらヘムラインがウェストよりも少し上の位置にまで上がっていて、その形はまるで身頃の脇がくり抜かれたカーディガンのようだ。ボタンを外しても脱ぐことはできず、結局はTシャツのように頭から脱いだり着るしかなく、カーディガンに見えてカーディガンではない。

同様にジーンズとブーツにも仕掛けが施されている。これも実際にアイテムを見なければ詳細の作りは把握できないが、ジーンズとブーツが一体化したボトムともシューズとも言えるアイテムが作られている。色落ちして褪せたブルージーンズはワイドなシルエットを膝まで描き、膝下からはデニム生地がたまってブーツと一体としている。

マーティンスのデザインはツイスト感が最大の特徴で、それは単純に服のパターンでツイストしたフォルムを意味するだけでなく、このカーディガン型トップスやジーンズ(ブーツ)のように、アイテムの構造へ捻りに捻った解釈を入れて、不可思議で奇妙なデザインに完成させる。

そしてこのマーティンスのツイスト感が、ディーゼルのセクシーとバランス良く融合している。

ハードな加工を入れたデニム素材を中心に、緩やかなオーバーサイズのカジュアルウェアはシンプル&クリーンとは全く逆の、癖が強くハードなスタイルとなり、夜のクラブがとても似合いそうなダークなセクシーがモデルたちから感じられ、マーティンスとディーゼルのコンビはデビューコレクションから期待通りのクオリティを披露した。

今年2月に発表された最新2022AWコレクションでは、マーティンスのツイストがさらに強くなる。顕著に表れているのは素材の加工で、デビューコレクション時よりもパワーアップが図られ、ブリーチで色が抜いたような素材の表面加工はもちろん、デニムを解いて糸が垂れる加工をいくつも施し、ハードな古着のような雰囲気が充満している。このパワーに拍車をかけるのはシルエットだ。

特にコートのシルエットは注目だった。ビッグシルエットなのだが「大きい」というよりも「厚い」と表現した方がいい。幾重にも重ね着したような厚みあるシルエット(浮かんできたのは十二単)が、先ほどのハードな素材加工と組み合わさってディーゼルのセクシーにパワーが融合し、非常に強烈なインパクトのカジュアルウェアが誕生した。

これは正確な数値を測ったわけではないが、この2022AWコレクションは前回よりもデニムの構成比率が上がったように見える。もしかしたら、パワーアップした素材のハード加工がデニムの印象を強めているのかもしれない。それほどに2022AWコレクションは、デニムの印象が激しく強くなっている。ディーゼルの象徴であるデニムとセクシーを理解し、その二つの要素へ自身の武器であるツイスト感を圧倒的圧力で注ぎ込むことで、マーティンスはクリエイティブ・ディレクターとして見事な手腕を見せた。

最近のコレクションシーンを観察していると、デザイン性を強くしたブランドが増えているように感じる。それはどこか懐かしく、僕がモードを知ったばかりの1998年ごろの雰囲気に似ている。また、スタイル自体も90年代の空気を感じることが多く、モードの文脈が少し変わり始めてきた。マーティンスがディーゼルで発表したデザインは、変化を見せ始めたモードコンテクストと合流を果たしている。

2シーズンのコレクションを見る限り、マーティンスは順調なスタートを切った。もちろん、彼の起用が正解か否かは、すべてブランドの売上次第だ。いくらデザインが評価されようと、ブランドのビジネスにポジティブな結果を持たされなければ、ディレクターは評価されない。稀に、「イブ・サンローラン(Yves Saint Laurent)」時代の ステファーノ・ピラーティ(Stefano Pilati )のように、ブランドの売上を過去最高にまで伸ばしながら評価されず、ディレクターを去るケースもあるが……。ラグジュアリーブランドでは数字だけじゃなく、ブランドの世界観にマッチするデザインが行えているかどうかも、重要なポイントにはなってくる。

話が逸れてしまったが、グレン・マーティンスはディーゼルの世界観と変わり始めたモードの文脈に乗るという、質の高さを示すことに成功した。今後もディーゼルには注目していきたい。

〈了〉

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