AFFECTUS No.331
前回で述べたように、どのブランドにどんなデザイナーがクリエイティブ・ディレクターに起用されるかは、ファッション界にとって注目のコンテンツになっている。「ケンゾー(Kenzo)」の新ディレクターにNIGOが発表された際のインパクトは、これぞモードのエンターテイメントと呼ぶにふさわしい賑わいだった。
では、著名なクリエイティブ・ディレクターが退任し、新しいディレクターを外部から呼ばず、ブランド内部のデザインチーム体制に移行したブランドが注目されることはあるだろうか。その答えは否と言っていいだろう。華々しさにかけるニュースをメディアが取り上げることはないし、モードファンの注目も自然と薄れていく。僕自身もそうだ。ラフ・シモンズ(Raf Simons)が去った後の「カルバン・クライン(Calvin Klein)」に対する興味は、ヘロン・プレストン(Heron Preston)とのコラボコレクションが発表されるまで、長い間失われていた。
本日取り上げるブランドは「ベルルッティ(Berluti)」である。ブランドの起源を1895年にまで遡るフランスの名門は、長らく高級紳士靴のブランドとして名を馳せてきた。「パティーヌ」と言われるベルルッティの染色技術は、レザーに艶やかで深みのある色をもたらし、革靴を美術品のような尊い存在感の造形に至らせている。
高級革靴ブランドとしての地位を確立していたベルルッティは、2011年に「ジーゼニア(Z Zegna)」で8年間のキャリアを積んだアレッサンドロ・サルトリ(Alessandro Sartori)をディレクターに起用し、ブランド初のウェアコレクションをスタートさせる。その後、サルトリは2016年まで務め、後任にベルルッティが指名したのはハイダー・アッカーマン(Haider Ackermann)だった。
だが、アッカーマンはわずか3シーズンで退任してしまう。ベルルッティのブランドビジネスは売上の70%をアクセサリーが占めており、アッカーマンにアクセサリーに関する知識が欠けていたからではないかという退任理由の推測が、当時の「WWD」に掲載されていた。
「いやいや、そんなの最初からわかっていただろ?」
これが、このニュースを読んで思ったことだった。アッカーマンのキャリアを見れば、彼に豊富なアクセサリー経験がないことはすぐにわかるはず。やはり別の理由なのではないかと思う。アッカーマンによるベルルッティの売上は堅調で、当時約245億円だったそうだが、この数字が経営陣の期待値には及ばなかったのだろうか。
僕はアッカーマンのベルルッティはとても好きだったので、彼が去ってしまったことは残念だった。ブランドの誇りであるパティーヌの色気と美しさが布地に、ジャケットに、パンツに乗り移ったかのようなクラシカルなエレガンスは陶酔するものがあった。
そしてアッカーマンの後任としてディレクターの座に就いたのが、エディ・スリマン(Hedi Slimane)が去った後の「ディオール オム(Dior Homme)」を、2008年から2018年までの10年に渡って支えたクリス・ヴァン・アッシュ(Kris Van Assche)である。
アッシュは前任者だったアッカーマンのコレクションから刷新を図る。当時ストリート人気が落ち着いてきた時期だったが、アッシュはベルルッティをストリート色に染め上げた。正直なところ、そのコレクションを見て、このタイミングでそこまでストリート色を全開にすることが、やや時代から遅れているように見えたが、アッシュのファンから歓迎されて好調なスタートを切ることになった。しかし、ディオール オムと同様に長期政権が続くかと思ったアッシュだったが、2021年に突如ベルルッティを去ることが発表される。
アッシュが去って以降、ベルルッティは新たなディレクターを呼ぶことなく、内部のデザインチーム体制でコレクション発表を始める。そしてアッシュが去ってから2シーズン目となる今年3月に発表された2022AWコレクションが、僕には印象的だった。強烈に心揺さぶるコレクションではなく、印象はむしろ地味だと言った方が正しいだろう。だが、ベルルッティらしいシックな美しさと、アッシュの名残が感じられるストリートテイストが垣間見えるという、特殊なデザインが僕に現在のベルルッティへの興味を掻き立てた。
ブラックをメインカラーに据えて、ブラウン、グレーなどベーシックカラーに絞った色展開は実に渋く、発表されたジャケット、ブルゾン、パンツはいずれもプリントやロゴなどの装飾性は皆無で、シルエットはスリムに仕立てられ、素材の美しさとシルエットの美しさを実直に探求したコレクションが発表されていた。
ダンディなメンズウェアではあるが、若いモデルたちも起用され、落ち着いた若々しさをスタイルにもたらしている。同じクラシカルなデザインでも、フランスのブランドはイギリスやイタリアよりも若さが感じられるのだが、ベルルッティもそれは同様だった。
ストリート色に染まったアッシュ時代との決別とも言うべき、むしろアッカーマンとサルトリのエッセンスに回帰して混ぜ合わせたデザインは、これぞベルルッティのパティーヌが持つ上質なエレガンスだ。
と、思っていた。
僕が抱いた印象は、ルックの発表数が中盤に差し掛かると崩れていく。上質で古典的な美しさをキープしたまま、スタイルはストリートに染まっていくのだ。キャップを被るモデルが登場し、ベルルッティの綴りを筆記体で表したロゴを用いたブルゾンやパンツは、ストリートウェアを愛するキッズたちが成長した時に着るにふさわしい落ち着きを持ち、ベルルッティの起源となる1985年をモチーフにした数字のロゴ「1895」をフーディの胸に縫い付けたデザインは、アメリカントラッドを好むストリートの若者で、スタジャンも登場し、アメリカントラッド色をさらに強める。
前半と後半で、完全な別コレクションと言うほど変化が大きくなったわけではない。だが、イメージは大きく変わった。
「なんだ、これは?」
実際のコレクション以上に僕はインパクトを覚えた。
ベルルッティのDNAに立ち返ろうとするが、好評だったアッシュのストリートなベルルッティも捨てがたい。そんな迷いが感じられるコレクションが、2022AWシーズンのベルルッティだった。
だが、僕はこの現象を好意的に思っている自分がいる。面白いコレクションだと。ある意味、現代の文脈に乗っている。明確な一つのスタイルで貫くのではなく、自分が心惹かれたスタイルならば、それを全て着る。だから、全体を通してみれば調和がいまいちで、戸惑いを覚える。だけど、不調和がパワーを生み、それが人の心に響く。そんな現代ファッションの最先端を、ディレクター不在のベルルッティに感じたのだ。
ただ、そこまでパワフルなコレクションではない。色々と考えながら作ったというデザインに感じられ、心の底から「不調和こそが新時代のエレガンスなんだ」と思うような迫力と気概は感じられないからだ。でも、それでも、現代のモード文脈にはかすっており、面白さを生み出している。
ディレクターが去ってしまい、デザインチーム体制に移行したブランドにスポットライトが浴びることは少ない。ただ、デザインチーム体制のコレクションを侮ってはいけない。思う以上にクオテリティの高い、もしくは何かしらの面白さを感じさせるデザインが発表されるケースがある。2022AWシーズンのベルルッティがそうだったように。
また、デザインチームのコレクションからは未来のスターが現れるかもしれない。現在「ジル・サンダー(Jil Sander)」のクリエイティブ・ディレクターを夫のルーク・メイヤー(Luke Meier)と共に務めるルーシー・メイヤー(Lucie Meier)も、ラフ・シモンズが去った後の「クリスチャン・ディオール(Christian Dior)」を支えるデザインチームの一人だった。新たなスターのコレクションを匿名で楽しむ面白さも、デザインチームのコレクションにはある。華々しさはないが、ファッションデザインを楽しむならば、デザインチームのコレクションにもぜひ注目して欲しい。
〈了〉