徹底的に常識へ反抗する宮下貴裕

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AFFECTUS No.333

世界の注目が集まるメディアでコレクションルックが発表されるなら、その時デザイナーは何を思うだろうか。おそらく普通なら、コレクションの魅力が十分に伝わるルック写真を発表しようと思うのではないか。しかし、2022AWシーズンは「Vogue Runway(ヴォーグ ランウェイ)」で、コレクションの魅力が伝わりにくいルックを発表するブランドが登場した。宮下貴裕の「タカヒロミヤシタザソロイスト.(TAKAHIROMIYASHITATheSoloist.)」(以下ソロイスト)である。

難しいことは何一つしていない、とてもシンプルな方法でソロイストはパンク精神を表現してみせた。それはいったいどのようなルック写真なのか。だが、まずはソロイストのルックに触れる前に、コレクションそのものに言及することから始めていこう。

ソロイストの人物像には、テロリスト的イメージが常に挟み込まれている。2022AWコレクションでもそれは同様で、モデルたちはゆったりとしたサイズ感で作られたニットの目出し帽、あるいはフードを頭に被り、鼻から下は布で覆いつくし、素顔を隠すスタイリングが何型も発表されてテロリストのイメージを想起させた。ニット帽やフードを被らないモデルもいるが、彼らは皆サングラスをかけており、やはり素顔を晒していない。

今はカジュアルウェアが全盛の時代だが、ソロイストに登場したモデルたちは全員が黒いトラウザーズを穿いていて、足元にはロングブーツなどの黒い革靴を履き、スニーカーを穿くモデルは一人もいない。服の要であるシルエットは、ボトムにスリムシルエットが使用されているぐらいで、アウター、トップス、ボトムのほとんどでビッグシルエットが採用されている。アイテムはボーダーニットやMA-1などカジュアルアイテムもあるが、テーラードジャケットやシックなデザインのコートが多いために、コレクション全体からは渋く落ち着いたイメージを強く感じ、カジュアルテイストとは断絶されている。

しかし、確かにカジュアルテイストはほとんどないが、これまでのソロイストにはあまり感じられなかった柔らかさが、ほんのりと滲んでいるのが2022AWコレクションでもある。そう感じられた理由は色使いにあった。ブランドを象徴する黒が一番多く使われているのはいつもと変わりないが、紫、緑、青、黄、橙と明るい色がニットやコートに使用され、ポップな空気も感じられるほどだ。ソロイストにポップなんて言葉を使う日が来るとは。

こうしてコレクションを見ていくと、以前のソロイストにはない新しさを感じつつも、基本的にはこれまでとは大きく変わらない印象だ。では、なぜソロイストのルックから驚きを感じたのか。

それはモデルのポーズにあった。Vogue Runwayに発表された18型のモデルたちは全員、後ろ姿なのだ。ルック全体の中に後ろ姿を混ぜることは珍しくないが、発表したルック全てをバックスタイルで撮影することは非常に珍しい。いや、珍しいを通り越して、いったい何を考えているのだろうと疑問を浮かべるほどだ。

服の主役はフロントにある。人が服を着た時、まず見ることになるのは自分の正面であり、フロントのデザインに個性がなければ、着用者の心に響くことはなく、その服が着られることはないし、購入されることもない。道を歩いている時、階段を登る時、人間が他人からよく見られるアングルは後ろ姿もかなり多く、服はバックスタイルも重要なのだが、服が着られるため(購入されるため)には何よりもまずはフロントデザインに特徴を持たせる必要がある。

だからこそルックは正面から撮影した写真で発表されることが多いし、それはショーであっても同じで、モデルたちを正面から捉えた写真がメディアに掲載されることがほとんどだ。そんなファッション界の常識に対して、宮下貴裕はカウンターを食らわせている。モードを観察し続けて20年以上経つが、最新コレクションの全ルックを後ろ姿で発表したブランドは僕が見てきた中では初めてだった。

実は今回のソロイストは、Vogue Runway以外のメディアでは後ろ姿だけでなく正面から写したフロンスタイルのルックもしっかり公開しており、ブランドサイトやInstagramのブランドアカウントでも同様にフロントスタイルを明らかにしている。だが、ファッションウィーク時の注目度ではおそらく世界No.1のメディアであるVogue Runwayだけは、服の主役であるフロントを写したルックを一枚も発表していない。

「そこまでして隠すフロントは、いったいどんなデザインなのか?」

それをここで語ることはやめよう。服の主役であるフロントデザインに触れず、コレクションを書くことがあってもいい。宮下貴裕に倣い、僕もファッションの常識に少し反抗してみよう。

まだまだ高い人気を誇る中、「ナンバーナイン(Number(N)ine)」を唐突に終了させた宮下貴裕は、自身二度目となるシグネチャーブランドでも業界の常識に従わない精神が健在であることを、世界No.1のメディアで証明した。次はいつどこで、どんなパンクマインドを僕らに見せてくれるだろうか。

〈了〉

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