AFFECTUS No.336
久しぶりにNetflixで、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー(Back to the Future)』を観ていた。この映画を初めて観たのは小学生で、ストーリー展開に心躍った当時の記憶が蘇る。第1作が1985年公開と今から約20年も前の作品になるが、映像技術に古臭さは感じても物語の肝を抑えた王道ストーリーは実に面白く、まさに歴史に残るSFエンターテイメントの傑作だと思う。
だが、今回久しぶりに観て、物語以上に惹かれるものがあった。
作中に登場するファッションがとても良かったのだ。1980年代のアメリカファッションがカジュアルでフレッシュ、1980年代や90年代のスタイルが復活している現代ファッションに通じるモダンさも感じられ、非常に魅力的だった。もちろん、厳密に言えばデザインにやや現代とのズレは感じた。しかし、主人公のマーティ・マクフライを演じたマイケル・ J・フォックス(Michael J. Fox)のファッションは、現代の若者が着ても十分に似合うのではないかと思えたほどだ。
それだけではない。シリーズ第1作で1950年代にタイプスリップしたマーティは、時代に合わせて1980年代の服装から1950年代の服装へと着替えるのだが、その姿が1980年代スタイルよりもさらに魅力的で、時代が古くなるがためにノスタルジックな香りが漂い、それでいてその古さが80年代ファッションと同じ現代に通じるモダンさがあった。むしろ、作中に登場した80年代スタイルよりも、50年代スタイルの方が現代にマッチすると思えるデザインで、マイケル・ J・フォックスがよりいっそうカッコよく見えた。
アメリカのファッションはカジュアルウェアの源流だ。Tシャツ、スウェット、ジーンズ、現代に欠かせないベーシックアイテムの多くがアメリカで魅力を開花させたものばかりだ。近年、アメリカから注目のデザイナーが出現するケースが増えている。若手の中ではピーター・ドゥ(Peter Do)が筆頭だが、彼以外にも期待の若手デザイナーがアメリカから続々登場し、それを証明するように本年度のLVMH PRIZE 2022でも、ファイナリスト6人の内3人がアメリカを拠点に活動するデザイナーだった。
その3人とは、このAFFECTUSでも以前に取り上げた「アシュリン(Ashlyn)」のアシュリン・パーク(Ashlyn Park)、ロンドンのサヴィル・ロウでテーラードの修行を積み、ニューヨークを拠点にするブランド「ウィニー ニューヨーク(Winnie NY)」のイドリス・バログン(Idris Balogun)、そして最後の一人が今回のテーマとなる「ERL」のイーライ・ラッセル・リネッツ(Eli Russell Linnetz)だ。
ERLは2018年に設立された若手ブランドだが、デザイナーのリーライはフォトグラファーとして活躍し、カニエ・ウェスト(Kanye West)のミュージックビデオの監督も務め、ブランド設立以前から注目を浴びる人物だった。
ERLのコレクションは一言で言えば、王道アメリカンカジュアルウェアにノスタルジックな味付けとジェンダーレスな香りが混ざり合った服である。僕がバック・トゥ・ザ・フューチャーに抱いた懐かしさと重なるし、リバー・フェニックス(River Phoenix)主演の『スタンド・バイ・ミー(Stand by Me)』にも重なる繊細な郷愁が胸に沁みてくる。
コレクションで発表されるアイテムは、ジーンズ、フーディ、チェックシャツ、タートルネックニットなど王道のベーシックウェアばかりで、そこだけに注目すると特別目立つ特徴は感じられない。だが、素材に古着のような質感が表現され、シルエットは極端に大きなビッグシルエットもあるが、1サイズ上の服を着たような緩やかなオーバサイズ感のシルエットが目立ち、素材感とシルエットの緩さが一つになり、モデルたちの姿からは気だるそうな色気を漂わす若者像が表れていた。
先ほどERLはベーシックウェアばかりと述べたが、デザインもシンプルかと言うと、一概にそうとは言えない。シンプルなデザインもあるが、バストの下あたりでカットした大胆なレングスのトップス、膝下からティアードスカートのように切り替えたジーンズなど、アイディアそのものはシンプルだが、そのシンプルなアイディアを大胆に具体化する手法で、フォルムとディテールに奇抜さを表したベーシックウェアへとデザインされている。色使いも黄、紫、青、橙、緑と多色だが、いずれも鮮やかと言うよりも褪せた色味でやはり古着感が感じられ、ノスタルジックな雰囲気が強調されている。
そしてERLのもう一つの特徴が、性差を曖昧化したデザインだ。特にそれはメンズウェアに強く感じられる。トム・ブラウン(Thom Browne)は伝統のアメリカントラッドをアヴァンギャルド化した稀有なデザイナーで、近年の彼のコレクションは性差が曖昧化した特徴がよく表れているが、スカートを男性モデルに穿かせるなど直接的なアプローチが目立つ。
一方、ERLはフリル、ティアード、甘く多色のカラーなどディテールでウィメンズウェア的甘さを表現して、それらの要素をメンズウェアの上に乗せている印象だ。ERLはウィメンズウェアの特徴を、あくまでメンズウェアを基盤にデザインしていて、そこがトム・ブラウンとの違いだ。
また、ERLの郷愁的甘さを強めているのはコレクションビジュアルだ。ブランドサイトを訪れ、「COLLECTIONS」をクリックすれば、ERLの世界を堪能できる。アップされている写真はいずれも粗い質感が画像の表面に現れ、大胆に肌を晒す写真もあるにはあるが、そこまでセクシーではなく、だが「若者たちの性」という言葉が浮かぶほどには色気が強調されている。
ビジュアルはルック全体を移すだけでなく、モデルたちの脚や腕、腹部、顔などをアップした写真を挟み込んで肉体の強調が行われ、粗い質感の写真が時間の経過を感じさせてノスタルジィを生み出していた。
ERLは人間なら誰もが持つ昔の記憶へ意識を回帰させる。たとえアメリカのカルチャーのもとで生まれ育っていなくとも、古きアメリカを過去に体験したような錯覚に陥らせる。そのような効果を発揮しているのが、色の甘さ、シルエットの緩さ、性差を曖昧化するディテールとビジュアルである。昔の服をベースにデザインすれば、ノスタルジィが生まれるわけではない。懐かしさをデザインするには、甘さを服の中に取り入れる必要があるのだ。ERLにとって、甘さを出すために最も効果を発揮していたのが「イメージ」だった。
ERLのデザイナー、リーライはデザインは違うがデザイナーのタイプとしてはラフ・シモンズ(Raf Simons)に近い。ラフのコレクションは服そのものはそれほど複雑なデザインではない。だが、コレクションから発せられるイメージがとても先鋭的で、デザインにエッジを立たせている。まさにラフは「イメージ作りの天才」と呼ぶのがふさわしい。
イーライ・ラッセル・リネッツはイメージ作りに優れた才能を発揮している。人間に過去の甘い思い出を振り返させるERLは、現在世界最高のファッションコンペであるLVMH PRIZEで、どこまで上り詰められるだろうか。果たして頂点は掴めるのだろうか。最終審査の日を楽しみに待とう。
〈了〉