ウィニー・ニューヨークは仕立てる

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AFFECTUS No.341

前回は本年度の「LVMH PRIZE」グランプリを獲得した「S.S.デイリー(S.S.Daley)」を取り上げたが、同じく今回のファイナリストの中からもう一人取り上げたいデザイナー(ブランド)がいる。No.336「ERLは記憶を過去へ戻す」では、2022年度のLVMH PRIZEでファイナリストに選出された、アメリカを拠点に活動するデザイナー3人に言及したが、今回のテーマはその3人の中で、まだ取り上げていないデザイナーである。

それが、LVMH PRIZEの特別賞「カール・ラガーフェルド賞」を受賞した2人のデザイナーの1人、「ウィニー・ニューヨーク(Winnie New York)」のイドリス・バロガン(Idris Balogun)だ(もう一人の受賞者は「ERL」)。今年のファイナリストの中で僕の個人的趣向に最も合致した服が、ウィニー ニューヨークのメンズウェアだった。

現在、ニューヨークでブランド活動を行うデザイナーのバロガンだが、アメリカで生まれ育ったわけではない。ナイジェリアで生まれ、生後3ヶ月の際に家族と共に移住し、ロンドン北部のトッテナムで育つ。その後、バロガンはテーラリングの聖地サヴィル・ロウの「ハーディ・エイミス(Hardy Amies)」で見習いとして働き始める。この時、バロガンはまだ14歳だった。サヴィル・ロウの名門で数多くの高級素材に触れ、ボタン穴を手縫で仕上げるテクニックなどを実直に学ぶ。

ハーディ・エイミスで働いている時、バロガンは邂逅と言える出会いを果たす。当時、「バーバリー(Burberry)」でチーフ・クリエイティブ・オフィサーを務めていたクリストファー・ベイリー(Christopher Bailey)がスーツを仕立てるため、来店する。バロガンはベイリーがどのような人物か知らなかったが、ベイリーバロガンと会話するうちに彼へ興味を抱くようになり、この出会いをきっかけにバロガンはサヴィル・ロウからバーバリーへと働く場所を変えることになった。バロガンは、サヴィル・ロウとバーバリー、ロンドンが誇る二つの伝統で経験を積んだデザイナーだった。

2017年にベイリーがバーバリーを去ると、バロガンはニューヨークへ渡って今度は「トム・フォード(Tom Ford)」で新たなキャリアをスタートさせた。そして2018年、いよいよバロガンは自身のブランド、ウィニー・ニューヨークを設立する。

ウィニー・ニューヨークのコレクションを見ると、バロガンのこれまでの経験がデザインに投影されているように思う。

ウィニー・ニューヨークはジャケット、パンツ、シャツなどメンズウェアのベーシックアイテムを基盤に、過剰なデザインは施さずシンプルに作り、クラシックテイストに仕上げた服がコレクションの軸となっている。素材に柄やプリントは使用されず、無地素材の使用がウィニー・ニューヨークのスタイルでもある。色使いも黒、茶、白、ベージュとベーシックカラーがメインで、非常に渋い雰囲気が漂っている。

ここまで述べた特徴を見る限り、ウィニー・ニューヨークはクラシックテイストが強く、まさにサヴィル・ロウに通じる上質で落ち着きを伴うエレガンスが、服の一点一点に宿っている。

ただし、クラシックな世界に染まり切っているわけではない。

まずは色使いに注目しよう。落ち着いたベーシックカラーが基本だが、黄、紫、緑、青、朱とアクセントに明るい色を挟み込み、それがコレクションに色気を生む効果を果たす。そう、まさにトム・フォード的世界観の登場だ。ただし、フォードよりも色気の濃度は抑えめで上品だ。香水に例えるなら、フォードが強く濃い香りを周囲に漂わすなら、ウィニー・ニューヨークはすれ違った後に気づくような、ささやかな香りだ。

このようにウィニー・ニューヨークのテーラードには、サヴィル・ロウのクラシックとフォードのセクシーが混じり合っている。だが、これだけでは終わらない。コレクションは、バーバリーの世界も見え隠れする。

バーバリーもテーラードはコレクションの大切な要素だが、一方で非常にカジュアルなスタイルをエレガントなテイストで披露する。その特徴がウィニー・ニューヨークに現れていた。アイテムの中心は先述したようにスーツやジャケット、シャツなどクラシックなのだが、ジーンズ、デニムジャケット、フロントジップのブルゾン、フーディなどカジュアルアイテムも混ぜたルックも発表され、堅苦しさのない、旅する男のファッションとも言うべき軽やかさもデザインされている。

そしてもう一つのイメージが、コレクションにスパイスを加える。それが、バロガンが生まれたアフリカのイメージだ。赤、紫、緑などアクセントカラーが登場するが、いずれの色もアフリカの乾いた大地のように褪せた色調に仕上がっている。ルック写真のイメージも同様で、全体的に画像が褪せた雰囲気になっている。

サヴィル・ロウのクラシック、トム・フォードのセクシー、バーバリーのエレガントカジュアル、アフリカのドライ、それら4つの要素が一体となってウィニー・ニューヨークのコレクションが完成していた。

デザイナーのキャリアばかりに焦点を当てるのは、転職活動の履歴書を見ているようで冷めてしまう。しかし、デザイナーの歩みがコレクションに投影されるのも事実だ。ウィニー・ニューヨークのスタイルは、デザイナーのバロガンの人生がいたるところに滲み出ている。

デザイナーが自分の人生を表現した服に、今の僕はどうしても惹かれる。コンセプチュアルなデザインや、テクニックや素材をテーマにしたデザインよりも、素材は特別高級ではないし、縫製も標準レベル、だけど、スタイルにはそのブランド、そのデザイナーの人生が感じられる。そういう小説を読むようなコレクションに僕は惹かれる。

おそらくそういったデザインは、モードの歴史に新しい文脈を刻むほどのインパクトはない。ただ、その服を着たいという衝動に駆り立たせるパワーがある。「これが自分が欲しかった服なんだ」と。多くの人々を想定して作られた服よりも、誰か一人のために作られた服の方が心を捉える力は強く、結果的にそのパワーに引き寄せられる人が集まってくる。モードにはそんな特徴がある。

イドリス・バロガンはモードの根本を、自身の人生を素材にジャケットへと仕立て、僕たちに届ける。

「いかかですか。お気に召していただけましたか」。

〈了〉

参考資料
MATCHESFASHION “The Interview: Idris Balogun On Winnie New York”

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