プラダは1990年代スーツを更新する

AFFECTUS No.344

新シーズンの2023SSコレクションが開幕して数週間が経つ。この文章を書く時点で佳境を迎えているミラノメンズコレクションで、僕はあるブランドのあるアイテムに一瞬にして魅了される。そのアイテムはスーツで、「コレクションはスーツだけを見ればいい」「他のアイテムは見る必要は全くない」と強烈に思うほど、心揺さぶられるデザインが登場していた。

「プラダ(Prada)」は男の伝統に、久しぶりのスポットライトを当ててくれた。ミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada)とラフ・シモンズ(Raf Simons)はカジュアルウェア全盛の現代にカウンターを放つ。

前回の2022AWメンズコレクションは、宇宙船内を思わせるSF世界とイエローのカーペットが渋い重厚なクラシック世界が一体化した会場だったが、今回の2023SSメンズコレクションは打って変わり、白い内装を基調にしたクリーン&シンプルな会場が用意されていた。

この空間デザインが、最新コレクションを予見させていた。

僕はファーストルックで一気に惹き寄せられる。黒いスーツに白いシャツ、そして黒いネクタイを締めた、まさにメンズウェアの王道スタイルが姿を現す。デザインに一切の奇抜さはない。シルエットが極端にビッグであったり、素材に特殊な加工が施されているわけではない。外観は至ってシンプルなスーツだ。

だが、そのシンプルなスーツがとても新鮮に見える。ファッションはかなりの長い間、カジュアルウェアが主流となってきた。とりわけ2015年以降に起きたノームコアからストリートウェアへというトレンドの変遷は、カジュアルウェアの存在を確固たるものにし、2022年の現在にまで影響力を及ぼしている。

そんな現代に現れたからこそ、ビッグシルエットや過剰な装飾が一切なく、カジュアルウェアと対極の「普通のスーツ」が新しく見えたのだ。しかし、真の意味で言えば、今回のプラダのスーツには単純に普通とは言えないデザインが垣間見える。これからそこに言及していきたい。

プラダが発表したスーツは非常にコンパクトなシルエットで作られ、まるでプラダ自身がミニマリズム時代の1990年代に発表していた当時のスーツを現代に甦らせたようなスリムラインだ。特に注目すべきはパンツだろう。ストレートのシンプルシルエットだが、ボリュームの強弱が見られる。

プラダがスーツで見せたパンツは裾幅が狭く、そこだけを見れば細さが強調されるが、大腿部に視線を移すと幾分かのボリュームが生まれていて、裾幅の狭さと大腿部の太さというギャップがスリムパンツにいい意味での雑味を加えている。これが1990年代に発表されていたスーツのパンツならば、全体が整えられたボリュームでシルエットが作られ、スマートな印象を受けた。だが、「ヴェトモン(Vetements)」登場以降の現代ファッションは、完璧に美しく整えられた服よりも、バランスにずれが生じた服に価値が置かれるようになっている。

次に特徴的なデザインがVゾーンだ。スーツにおいてジャケットのVゾーンの深さは、スタイルの印象を決定づける重要な要素である。このVゾーンにも、ミウッチャとラフは新しさを持ち込む。

第一ボタンの位置がみぞ落ちあたりに配置され、ジャケットは少し腰高なバランスを作っている。そのためVゾーンは狭くなり、全体の印象をコンパクトに見せる効果を表す。スーツは単純にジャケットとパンツのシルエットが描く細さだけでなく、Vゾーンの深さもシルエットの印象を左右する役割を担っている。

Vゾーンの狭くなったジャケットは久しぶりに見る思いだ。記憶が不鮮明で申し訳ないが、おそらく1990年代後半だったと思うが、日本では3つボタンスーツがトレンドになっていた時期がある。今回のプラダの2つボタンスーツは3つボタンスーツの面影を感じさせ、それがまた1990年代の印象を加速させる。

ジャケットはVゾーンの深い時代が続いていたが、プラダはVゾーンのトレンドに近年お目にかかれなかったデザインを披露し、そのことが新鮮さを見る者に植え付けた。

またダブルブレステッドスーツも発表されているが、こちらも秀逸なデザインだった。ジャケットのボタンを留めた際の左右前身頃の重なり幅が小さく、ダブルとシングルの間のセミダブルと言えるコンパクトさだ。セミダブル効果によってダブルブレステッドスーツもVゾーンを浅く狭くし、通常ならフォルムを大きく感じがちなダブルブレステッドスーツを非常にスリムな印象へとフィニッシュさせている。

先ほど触れた3つボタンスーツだが、実は今回のプラダでも発表されていた。23番目に登場したルックがそうだ。Vゾーンは3つボタンゆえに浅くなっているが、このスーツの面白い点がジャケットのシルエットにある。ややオーバーサイズ感のシルエットでジャケットが作られているのだ。一方でパンツはスレンダーなテーパードシルエットで、上下で微妙にバランスのずれを感じる。しかし、それが面白い。完璧なバランスではないことが厳格なスーツにスポーティな印象を作り出し、3つボタンスーツに新しい個性をもたらしていた。

このようにプラダが2023SSメンズコレクションで披露したスーツは、一瞬では1990年代を思わすシンプルでクリーン、スリムシルエットのミニマムスーツなのだが、当時とは違う現代ならではのバランスのずれを組み込んでモダンデザインへと昇華させ、単なる懐古調スーツではないことを証明している。スーツそのものを新しくしたというよりも、スーツのバランスを新しくした。そんなアプローチのデザインだ。

Vゾーンの深さ、ボタン位置、パンツのシルエットなど、プラダのスーツで違いを感じられて箇所はいずれも細かな部分である。しかし、スーツは細部の些細な変化が、全体に大きな変化をもたらすアイテムだ。それがこのメンズウェアの伝統が持つ特徴でもある。ミウッチャとラフは伝統に敬意を払い、モードの舞台で披露するにふさわしいレベルのスーツを完成させた。

この2023SSメンズコレクションは、スーツ以外のアイテム、スタイルがもちろん発表されている。だが、それらすべてのアイテムとスタイルを超える存在感がスーツにはあった。カジュアルウェアばかりが続けば、エレガントな服も体験したくなる。ミウッチャ・プラダとラフ・シモンズは保守的なメンズウェアの領域で、モード精神を発揮する。しかもスーツという、メンズウェアの中で最もルールが厳格なアイテムの中で。制約の中でみられる創造性とは、こんなにも楽しいものなのだとプラダは世界に教えてくれた。

〈了〉

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