ポール・スミスが若々しく新しい

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AFFECTUS No.346

1970年、イギリスのノッティンガムにショップをオープンさせた時から始まった「ポール・スミス(Paul Smith)」の歴史。当初はセレクト形態のショップであり、ポール・スミスがオリジナルアイテムを発売するようになったのは1970年代半ばになってからだった。以降、ポール・スミスは人気ブランドとしての地位を確立し、現在にまで至る。

テーラードを主役にしたコレクションは、ブリティッシュウェアの気品ある香りと、彩鮮やかで華やかなプリントが特徴的で、クラシックかつカジュアルなスタイルはシリアスにもユーモアにも振れる個性が魅力となっていた。毎シーズン、コレクションを観察していたが、いつからかポール・スミスに変化を感じるようになっていた。

とても若々しくなり始めたのだ。

そのことを初めて自覚したのは、2019SSコレクションだった。1980年代のマイケル・ジャクソン(Michael Jackson)のような雰囲気を持ち、1980年代スタイルのパワーシルエットのみを抽出し、1980年代最大の特徴だった煌びやかな装飾性を1990年代のミニマリズムに置き換えたような、二つの時代の融合スタイルが発表されていた。他にもトラッドスタイルのニュアンスが感じられ、様々な時代の様々なスタイルが重なり合い、何かのスタイルのようで、どのスタイルとも何かが違う絶妙で奇妙で不思議なファッションに僕は惹かれた。

こんなふうに複雑な感覚を、ポール・スミスのコレクションから覚えたのは初めてだった。

2020SSコレクションでも、僕はポール・スミスから新たな感覚を得る。ブルー、ピンク、イエローというポール・スミスらしいカラフルな色展開のスーツが披露されたのだが、それらのスーツは身体のラインに美しく沿った完璧なシルエットというよりも、やや野暮ったさを感じるシルエットに仕立てられていた。服とは人間の体型に合わせて作るから美しくなる。とりわけスーツにおいてはそれが最も重要だ。しかし、2020SSコレクションのポール・スミスから僕が感じたのは「体型とはズレたシルエットを着ることにも、カッコよさがあるのでは?」という新しさだった。

1年前に発表された2022SSコレクションも秀逸だ。清涼感にあふれたデザインだが、それは同じ清涼感でも「マーガレット・ハウエル(Margaret Howell)」とはまったく異なるタイプで、ハウエルよりももっと濁っている。清涼感にも、癖のある清涼感という領域があることをポール・スミスは教えてくれた。

僕がポール・スミスを初めて知ったのは1997年ごろだが、近年のポール・スミスから体験している新しい何かは、当時は感じたことのない感覚ばかりだった。コレクションを見る度に、新しい何かに気づかさせるポール・スミス。2000年にエリザベス女王からナイトの称号も授かったイギリスを代表するブランドは、時代に進行に合わせて変化していた。

そして先日発表された2023SSコレクションが、近年の中で最も若々しく新鮮だった。

非常に軽やかなのだ。ポール・スミスの象徴であるスーツはもちろん登場するが、重々しさは皆無で、まるでルームウェアを着ているようにイージーでコージーな雰囲気。色使いも優しく柔らかく、コレクションにさらなる軽さをもたらす。

エアブラシを用いて制作したよう抽象的な柄がニットとスーツに使われ、メンズウェアの王道アイテムがアートな雰囲気を放つ。今回の2023SSコレクションは、コンテンポラリーアートのギャラリーがテーマの一つになっているとのことで、まさにテーマが具体化された抽象柄とアイテムである。

一方で、同じく色鮮やかな柄でも、毒っ気を感じさせる植物プリントも登場する。ブラック、パープル、グリーンなどダークな色味が使われたプリントはもちろん毒々しいが、ピンクやオレンジなど甘さを覚える色も植物柄が大きいサイズでプリントされているために、密林に生い茂る大きな植物のように迫力が増している。

様々な感性や世界が混じり合ったコレクションは、どこまでも若々しい。もし、ブランド名を知らずにコレクションだけを見たなら、ここ2、3年の間にデビューした若手ブランドかと思うフレッシュさである。

「Vogue Runway」のコレクションレビューに掲載されたポール・スミス自身の話によると、現在ブランドサイトを訪れる人々の20数パーセントが、18歳から20歳とのことだった。「本当に?」と思うほど、年齢層が若い(実際に購入する年齢層とはまた違う可能性はあるが)。コレクションを見ると、まさに若者たちをターゲットにしたフレッシュな魅力のデザインである。

ブランドが継続していくことは素晴らしいことだが、一方で顧客の高齢化という課題を抱えることが多い。デザイナーが年齢を重ねると共に昔からの顧客も高齢化し、自然と顧客に向けたデザインが多数を占めるようになり、新しい顧客を獲得するための、次の世代に向けたデザインが不十分になるのは珍しいことではない。僕は2000年代前半の「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」のメンズにその傾向を感じていた。しかし、今のヨウジヤマモトのメンズは現代の若者たちの完成を具現化したデザインで、若い消費者の顧客化に成功している。

伝統あるラグジュアリーブランドが、新進気鋭の才能をクリエイティブ・ディレクターに起用するのも、ブランドの若返りと、それに伴う新しい顧客の獲得が目的でもある。だが、現在のポール・スミスを見ると、そんなこととは無縁に思える。

イギリスの伝統を継承しつつ、伝統に縛られない鮮やかなファッションを発表するようになったポール・スミス。彼のモードな精神は、ブランド設立から50年以上経った今も健在であることを最新コレクションが証明する。

〈了〉

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