綺麗で歪んだビアンカ・サンダースの世界

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AFFECTUS No.350

ファッションは時代からの影響を大きく受ける。人々の生活が変われば、ファッションにも変化が生じる。2020年に新型コロナウィルスの脅威が起きて以降、世界中の人々の生活が激変した。ファッションにも変化の波は押し寄せ、一つの潮流が生まれる。それがシンプル&クリーンなスタイルだった。室内で過ごす時間が増え、人との出会いは制限され、華やかに着飾る機会が大幅に減少し、モードからは動きやすく綺麗なファッションが登場する。たとえば、テーラードが代名詞の「ゼニア(Zegna)」は、ルームウェアのようにリラックス感にあふれたコレクションを発表し、スーツから緊張感を取り除き、優しく綺麗な服を作った。

そして、コロナ禍になり約2年の歳月が経過し、新たな傾向が見え始める。コロナ禍の中では、観客を招待してのフィジカルショーは中止され、オンラインによる発表が主流だったが、2023SSパリメンズファッションウィークでは多くのブランドがショーを開催した。以前の状況へ回帰し始めたモードシーンと呼応するように、コレクションは徐々にダイナミックなデザインを披露するようになってきた。

しかし、シンプル&クリーンの潮流が決して消滅したわけではなく、ダイナミズムを取り入れた発展形のデザインが現れ始める。今回登場する「ビアンカ・サンダース(Bianca Saunders)」は、フォルムにモードなニュアンスを溶け込ませ、柔らかく穏やかなメンズウェアを発表する。

サンダースは「トム・ブラウン(Thom Browne)」や「クレイグ・グリーン(Craig Green)」のように、アヴァンギャルド造形のメンズウェアをデザインしているわけではない。服はいたってシンプルかつクリーンで、シャツ、パンツ、ジャケット、ステンカラーコートなどメンズウェアの王道を基盤にしている。そして、色とフォルムにささやかな変化を加えることで、簡素なデザインに収まらない創造性を発揮している。

色使いはブラック、ホワイト、ベージュといったベーシックカラーと一緒にレッド系やグリーン系の明るい色を展開しているのだが、ビビッドな印象はなく、どちらかと言えばスモーキーな印象だ。アフリカの民族衣装に見られるような、乾いたカラーとでも言えばいいだろうか。

フォルムにも独特の個性が滲む。シンプル&クリーンなデザインと言えば、服はベーシックな形をキープしたまま、理想のラインやボリュームを探求するのが常だ。サンダースと同様にパリメンズファッションウィークで発表する日本ブランド、「オーラリー(Auralee)」のデザインはシンプル&クリーンの代表例と言える。

一方サンダースは、ベーシックな形を崩すバランスを投入し、不思議な見え方のアイテムを生み出す。2023SSコレクションでは、26番目と27番目に登場するルックが、一見するとフロントでボタンを留めたテーラードジャケットに見える。だが、よく観察すると通常のジャケットのように身頃が左右に別れておらず、前中心で一続きになっている。このアイテムはジャケットではなく、襟元をテーラードラペルにデザインした長袖のトップスだった。

左右の身頃を前中心でやや強引に重ねて留めていたために、フロントでボタンを留めたジャケットに見えてしまった。また、やや強引に引っ張っるように前中心で両身頃を留めているために、トップスの中心からドレープも生じているのだが、ドレープというよりも歪みと言いたくなる不自然さだ。

このトップスは一例に過ぎないが、サンダースはメンズウェアが持つ端正さをあえて壊すボリューム、ディテール、色、柄を取り入れ、シンプル&クリーンな服が持つ、綺麗な佇まいを微妙に壊し、リアルに見えるけれどもシュールにも見えるメンズウェアを得意としている

この曖昧なメンズコレクションを見ていると、僕はまさに今の世界そのものじゃないかと思えてきた。新型コロナウィルスの脅威は完全には消えていない。感染者数も、この文章を書く時点の日本では感染者数は増加傾向にある。だが、日々の暮らし方は2020年以前へと徐々に戻り始め、外出の制限が以前より大幅になくなり、僕たちの生活は日常に近づいている。

だが、今の日常はやはり崩れてしまった日常なのだ。以前とまったく同じ日常ではない。そういった世界の現状とリアルかつシュールなサンダースが、僕の中で重なり合う。そこにポジティブな感情は芽生えていない。だけど、僕は惹かれる。今という時代を表したビアンカ・サンダースに。人は必ずしも明るい希望やビジョンに、心が揺れるわけではない。暗く沈む世界に心が揺れてしまう人間もいる。

ビアンカ・サンダースのコレクションを、こんなふうに解釈するのは間違っているかもしれない。しかし、僕がこう感じてしまったのは事実だった。モードは自由に楽しむべきだ。世界でただ一人、自分だけのイメージを、どう思われるかなど気にせず、イメージの海に身を浸して堪能すればいい。

〈了〉

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