リアル×リアルで前衛を演出するロエベ

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AFFECTUS No.353

6月から開幕した2023SSメンズコレクションも閉幕し、デザインの傾向がだいぶ見えてきた。顕著だったのは、ジーンズとショートパンツの増加である。特にジーンズがこれほどモードシーンで頻出したのは、いつ以来だろうか。僕の記憶では「ヘルムート・ラング(Helmut Lang)」、「グッチ(Gucci)」、「ドルチェ&ガッバーナ(Dolce&Gabbana)」などモードブランドが競ってジーンズを発表していた2000年前後以来に思える。

結果、2023SSメンズコレクションは非常にカジュアルでリアルなスタイルが主流となり、ウィメンズを同時発表するブランドも多数あったが、女性のスタイルにも同様の印象を抱いた。だが、一方でアヴァンギャルドなデザイン、リアルからファンタジーへと舵を切った従来のモードらしい迫力のあるデザインも増加傾向にあり、代表的なブランドとして今回取り上げたいのが「ロエベ(Loewe)」だ。ジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)の才気にあふれたデザインに触れていきたい。

アンダーソンは自身のブランド「JW アンダーソン(JW Anderson)」では、リアルスタイルをベースにアヴァンギャルド性の強いコレクションを発表するが、ロエベではアヴァンギャルド性が最小限に抑えられた非常にリアルなコレクションを発表するのが常だった。

しかし、2023SSコレクションは趣が異なる。JW アンダーソンに近づいたロエベがデザインされていたのだ。つまり、リアルでありながらアヴァンギャルド性を強くしたスタイルが、デザインされていたということである。

各アイテムのデザインは従来のロエベ通りで、とてもシンプルな造形が作られている。ミドルレングスのコート、デニムシャツ、フーディなどいずれも特別大胆なパターンで作られているわけではない。結果、外観もシンプルなシルエットに仕上がっている。

しかし、よくよくルックを観察してみると、違和感が露わになっていることに気づく。まずはスタイリングだ。ウェットスーツのボトム部分のような、脚に隙間なくフィットしたラバーな質感のボトムをモデルたちは穿いており、そこに先ほど触れたリアルシルエットのコートやフーディがスタイリングされている。SSコレクションということを考えれば、ウェットスーツを連想させるボトム自体に違和感はない。しかし、日常的に街で着るはずのポロシャツやブルゾンを、主に海中で着用するウェットスーツ的ボトムと同時にスタイリングすることで、現実は一気に非現実へと書き換えられる。

服そのものがシンプルであっても、組み合わせによってアヴァンギャルドは表現できる。アンダーソンは、一つのデザインスキルを披露する。だが、アンダーソンは外観的にも違和感あふれるルックも同時に発表していた。

最も印象的だったのが、苔のようにも見える黄緑色のモチーフだ。同様のカラーリングで雑草のようなモチーフも作られ、それら黄緑色のモチーフが靴に取り付けられたり、まるで服を侵食するようにシンプルなパンツやコートを覆っているのだ。

そしてシンプルだと思われていたリアルアイテムたちも、シルエットを変化させる。フーディやポロシャツ、クルーネックの長袖トップスは身頃と袖の形状を変化させ、フォルムはまるでポンチョのようだった。また冒頭で登場していたコートと同形状のコートは、フロントの胸付近から裾に向かって全面にタブレットを横4列、縦5列に整然と取り付けられ、ディスプレイには海中を泳ぐ魚が映されていた。同様にタブレットが並ぶ別のコートでは、夕暮れの曇り空を飛ぶ鳥、一見すると何の画像なのか判別不可能な黒と白、2色の色が漂う画像を映し出さるなど、見事なまでにアヴァンギャルドがデザインされている。

最も印象的だったのは、やはり苔や雑草を連想させる黄緑色のモチーフだ。これらモチーフはパリ郊外で20日間かけて種を蒔き、水を注ぎ、実際に育てられた植物だった。リアルな植物、リアルなタブレットを、リアルな服と融合させてアヴァンギャルドを創造する。そこにはあらゆる価値観を内包する迫力があり、近未来世界をテーマにした映画を観ているようなフューチャリスティックな感覚に襲われた。

長らくファッションでアヴァンギャルドと言えば、造形で表現することが主流だった。しかし、アンダーソンは服の形そのものはベーシックな形にとどめ、スタイリング、素材、色などに大胆さを持ち込んで(かつそれら自体もリアル)、リアル×リアル=アヴァンギャルドという方程式を完成させる。

2023SSシーズンはジーンズとショートパンツがモードシーンの最前線に躍り出て、カジュアルスタイルがいっそう強調された。同時に、疑問、違和感、不思議を次々に感じさせるダイナミックなデザインも増加した。アンダーソンがロエベで披露したコレクションは、モードの文脈に現れた二つの文脈をつなぎ合わせる。

現実と非現実の間に挟まれた隙間に、次の時代の創造が横たわっていた。ジョナサン・アンダーソンは一人その隙間へ手を伸ばす。

〈了〉

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