キッドスーパーが世界をポップに変える

スポンサーリンク

AFFECTUS No.356

ブラック、グレー、ベージュ、ホワイトと色数を極限まで絞った上質で高級な素材を、装飾は一切排除してシルエットの美しさを探求した服が僕は好きだ。現代のブランドで言えば「ザ・ロウ(The Row)」が該当するだろう。しかし、時々全く逆の服を見たくなることがある。色彩はカラフル、プリントや柄が豊富で、ファンタスティックかつエネルギッシュな服を自分が着ることはないだろうけども、ファッションとして素晴しいと思える服はあるし、そんな服について語りたくもなる。

そこで、今回は「キッドスーパー(KidSuper)について語ろうと思う。このブランドの日本における知名度はどれほどだろうか。おそらく、現時点ではほとんど知られていないように思えてしまう。

キッドスーパーのデザイナーはコルム・ディレイン(Colm Dliane)で、昨年2021年の「LVMH PRIZE」ではファイナリストに選出され、注目度が高まっているブランドだ。ディレインは、経歴が少々が変わっている。有名ファッションスクールや一流メゾンで働いた経験はなく、そもそもファッションの専門教育を受けていない。ディレインはニューヨーク大学で数学を学び、1年間だけだがブラジルでプロサッカー選手としての経験もあるという、異色のファッションデザイナーである。

コレクションはというと、まず色使いの大胆さが特徴だ。パープル、イエロー、ブルー、レッド、グリーンと多様なカラーが全身を覆い、色の洪水と呼びたくなるほどにダイナミックである。また、パンツやトップスなど各アイテムに用いられたグラフィックも大きな特徴で、主に人間の顔がクローズアップされたグラフィックが多い。僕はニットやコートに現れた人間たちの顔を見ていると、アンディ・ウォーホル(Andy Warhol)の肖像画が連想されてきた。そうかと思えば、エリザベス・ペイトン(Elizabeth Peyton)が描く肖像画も思い出され、6月に発表された2023SSコレクションではマルレーネ・デュマス(Marlene Dumas)の作品が脳裏をよぎる。

この絵画グラフィックを、キッドスーパーはリアルなカジュアルスタイルに乗せる。フーディ、スウェット、テーラードジャケット、Gジャン、シャツなど現代ファッションに必須のベーシックアイテムに色と絵を乗せ、ポップなコレクションを完成させる。人間が身に纏う服そのものは現実的にし、服の表層を覆う色と柄を幻想的にする。キッドスーパーはグラフィックの使い方だけを見ればアヴァンギャルドだが、服の造形がリアルであるために、僕はトム・ブラウン(Thom Browne)やリック・オウエンス(Rick Owens)のような異物で奇妙な感覚は覚えない。ディレインが創造しているのは、アヴァンギャルドではなくファンタジーなのだ。

一つ印象深いルックがある。それはコレクションで見たものではない。2021年のLMVH PRIZEのウェブサイトに掲載されていたルックだった。当時のファイナリストに残ったデザイナーたちは、LMVH PRIZEのウェブサイトにプロフィールや過去のコレクションを紹介するページが設けられたのだが、2021年度は各ブランド(デザイナー)ページのトップに、1ルックだけ代表としてアップされていた。

僕はそこにアップされていたキッドスーパーのルックに惹かれる。チェック生地が女性の身体のシルエットを形どったモチーフに作られ、チェック生地の人型モチーフは古着のような風合いのクラシカルなスーツの前面へ大胆にパッチワークされ、年齢的には50代か60代か、おじさんと呼べる年齢の男性モデルが着用していた。そのルックを見て僕の中に浮かんできた言葉は「ファンタジーを纏うおじさん」だった。

新型コロナウィルスが出現してから約2年、世界的に予期もしない出来事が続いている。その多くがネガティブな出来事だ。

「そんな世相を吹っ飛ばせ」

それがキッドスーパーのコレクションを見ていて、僕の感じたメッセージだった。ディレインは決してキッドスーパーをシリアスに見せない。ダークな空気は一切持ち込まず、コレクションをポップに表現する。世界に暗さは必要ない。世界をエネルギッシュにする。アヴァンギャルド造形とは違うアプローチで、リアルなアイテムを武器にキッドスーパーはファッションをダイナミックに変化させる。現実にとどまったまま、世界は新しく面白く変えられる。コルム・ディレインはキッドスーパーを通し、ファッションデザインの論理を書き換えていく。

〈了〉

スポンサーリンク