壁を超えるベッドフォード

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AFFECTUS No.358

ジェンダーレスがファッション界に浸透し、男女間のファッションに存在した境界は年々、曖昧化している。ただ、やはり男性と女性には身体的な違いも含め、ファッション的にも相違が明確なスタイルがある。その一つが、コンサバファッションだと捉える。ややクラシックな例えになるが、シャネルスーツはコンサバファッションの代表アイテムであり、ブレードの飾りを付けた襟なしのボクシーシルエットのジャケットを、男性が着用する姿は今でもきっと珍しいだろう。

だが、性別の違いによって生じるファッションの違いが、新しい時代の新しいファッションを生み出す種子になりえることは、モードの歴史が証明している。2023SSメンズコレクションの中で、非常に興味深いメンズウェアを発表したブランドに遭遇した。山岸慎平による「ベッドフォード(BED j.w. FORD)」である。

発表されたルック数は16型とかなり数は少ないが、コレクションから受けたインパクトは型数以上に大きなものだった。ベッドフォードは、女性特有のスタイルであるコンサバファッションをメンズウェアに取り入れることに成功していた。正直、コンサバをここまで巧みにメンズウェアに取り入れたコレクションを僕は初めて見た。それほどに、新鮮さとレベルの高さを感じるデザインだ。

先ほど、シャネルジャケットを男性が着る姿は珍しいと述べたが、ベッドフォードはそんな希少なスタイルを冒頭から登場させる。サイドを刈り上げた金髪のモデルは、グレーのツイードで仕立てられた襟なしジャケットを素肌の上に羽織り、首元からスカーフ(あるいはネクタイかもしれない)をゆるく簡易的に巻いて垂らしている。ボトムはフレアシルエットで作られ、素材は滑らかな質感に見える生地だが、色はジャケットと同様に色はグレーだ。スタイルだけを見れば、シルエットや素材の組み合わせに、コンサバなウィメンズウェアの香りが強く匂う。しかし、男性が着ても女性が来た時と同様の古典的なエレガンスが美しく表れていた。

グレーのツイードはコートにも使用されている。Vゾーンがやや深めに作られた、ヒップを隠すレングスのテーラードコートは、男性モデルが着用する姿を見るにややAラインシルエットに見える。もしくはジャケットと同様にボクシーシルエットかもしれない。いずれのシルエットであっても、伝統的なメンズコートからはまず感じられないウィメンズウェアの香りが漂っている。ボトムは先ほど述べたシャネルスーツと同じくフレアシルエットだが、今度は生地の色がブラックであるためにシックな雰囲気が増している。

伝統的なウィメンズウェアのコンサバテイストが強く表れた今回のベッドフォードだが、実のところそのテイストがはっきりと感じられたのは、冒頭に登場した2型だけだった。ツイードを使用したアイテムは、その後も登場しているし、いずれのスタイルにもコンサバの香りがほのかに匂っているのだが、冒頭の2型ほどクラシカルな香りは強くなかった。

冒頭の2型に限って言えば、ココ・シャネル(Coco Chanel)が現代に甦り、男性のために自身のコンサバスタイルをオートクチュールで仕立てたような趣が滲んでいて、2023SSシーズンに発表されたメンズコレクションの中でも、トップクラスに面白いルックだった。

あれほど男性には難しいと思ったコンサバアイテムが、男性に馴染んでいるように見えたのはなぜだろう。改めて該当の2ルックを見ていると、ほのかにメンズウェア用に調整されているように感じた。

シャネルジャケットを着用したルックで注目したのは着丈だった。ウィメンズのシャネルジャケットは、ウェストあたりぐらいの着丈で作られることが多く、その着丈の短さがシャネルジャケットを象徴する特徴にもなっている。一方、ベッドフォードのシャネルジャケットはミドルヒップに達するぐらいの着丈で、ウィメンズのシャネルジャケットに比べると重心の低さを感じる。着丈の長さという、本当にささいな点に思えるが、それだけで服とは印象が変わるものなのだと改めて実感する。

またツイードを用いたテーラードコートも、先ほど述べたボクシーにもAラインシルエットにも感じられるシルエットが、メンズウェアらしい硬質な印象を受ける。ジャケットとコートの双方を見ていると、女性のために作られたコンサバファッションの特徴を維持しながら、平面的で直線的な体型という特徴を持つ男性の身体に合うよう、細かな調整を施されていた。

それにしてもデザイナーの山岸慎平は、本格的コンサバの香りがするジャケットとコートを、メンズウェアへ転換できたと思う。僕の中では驚きだった。シャネルが生み出したコンサバファッションは、シャネル自身が新しい時代のシンボルとなって、自ら着用して公に姿を表すほどなのだから、シャネルにとって誇り高い逸品だったと思われ、女性のために作られた服として完成度が高すぎるがゆえに、メンズウェアに転用する難しさがあると感じていた。

シャネルが生み出した服のレベルの高さに、僕なら躊躇する。シャネルジャケットを男性に着せるアイデアは思い浮かべるかもしれない。しかし、その姿を想像した時、僕ならきっと違和感を感じてメンズコレクションに取り入れようという気持ちにはならなかった。

だが、山岸慎平は違った。僕には見えなかった、どうすれば男性のためのコンサバファッションを作ることができるか、その道筋がきっと見えたに違いない。ベッドフォードの2023SSコレクションは大きな話題になっていないように感じるが、僕の中ではメンズファッションの文脈に刻まれた新しい解釈として、この先も記憶に残るに違いない。山岸慎平によって、性別間のファッションの曖昧化はまた一歩進む。世界は未来に向かって歩んでいく。その先頭にベッドフォードが立つ。

〈了〉

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