少しずつ見えてきた新生アライアの個性

スポンサーリンク

AFFECTUS No.359

ラフ・シモンズ(Raf Simons)の右腕として世界に名が知られたピーター・ミュリエ(Pieter Mulier)が「アライア(Alaïa)」のクリエイティブ・ディレクターに就任し、約1年半の歳月が経過した。今年4月に発表された2023SSコレクションで、ピーターが手がけたアライアのコレクションは3回目になるが、過去2回のコレクションよりもピーターの個性がさらに強くなったように感じた。

それはデビューコレクションとなった2022SSコレクションでも感じられた、ニューヨークモード的クールだ。アライアのDNAである官能性を表現しながらも、アライアが手がけていたコレクションよりも妖艶かつ刺激的な色気は控えられ、その代わりにシャープかつクールなムードがロング&リーンのシルエットに現れていた。

2シーズン目の2022AWコレクションになると、ジーンズやハイネックニット、白いシャツ、コートという日常的な服を積極的に取り入れ、艶っぽく贅沢に生まれ変わらせる。一方で、ブランドのシグネチャーであるボディコンシャスなドレスを挟み込み、日常から逸脱させる。現実と非現実が現れては隠れる巧みな構成が披露された。

そして3シーズン目の発表となる2023SSコレクションで、ピーターのニューヨークモード感はまた少し強くなる。黒いテーラードジャケット、ビッグラペルのロングコート、デニムジャケットとジーンズは、まさにアメリカンファッションを想起させた。ライダーズをベースにしたアイテムも発表されるが、ライダースとボディスーツが一体になった形にデザインされ、ピーターとアライアの世界が融合された象徴的なアイテムだと言える。またアメリカンウェアの王様デニムを用いて、身体をほとんど覆い尽くすほどのロングサイズストールを作り、カジュアル素材に贅沢なエレガンスを生み出していた。

ピーターが披露するニューヨークモードと同質のデザインとして浮かび上がるのは、「プロエンザ・スクーラー(Proenza Schouler)」だった。現代必須のベーシックウェアを、キレのあるカッティングでクールな服に仕立て上げ、颯爽としたエレガンスを纏うコレクションは、ニューヨークでも随一の完成度を誇る。プロエンザ・スクーラーが見せるカッティングに勝るとも劣らないキレを、ピーターは自らのセンスに宿している。

もちろん、ピーターとプロエンザ・スクーラーに違いはある。その違いをもたらしているのが、アライアのDNAだ。身体が持つエレガンスを生々しく演出するボディコンシャスドレス、シルバーやゴールドが煌めく素材、幾何学柄、頭にかぶるヒジャブから感じられるアラビアやエジプトのイメージは、創業デザイナーであるアズディン・アライア(Azzedine Alaïa)の息吹を感じさせる。ピーターは、モードなブラックウェアにアライアの妖艶さをミックスし、自身の個性とブランドのDNAの一体化を形にし始めている。

ピーターのアライアに世界のファッションを変革させるようなインパクトを感じるかと言えば、それは感じない。ただ、それは現段階での印象になる。ピーターは丁寧に時間をかけて、アライアの世界に自分の世界を取り入れている。それは、師であるラフと同じ手法だ。

ラフがブランドをディレクションする時、一気にブランドイメージを変える大胆な手法は取らない。まずはブランドのDNAを理解し、自分の解釈で丁寧に表現することに努める。そのため、「ジル・サンダー(Jil Sander)」、「クリスチャン・ディオール(Christian Dior)」、「カルバン・クライン(Calvin Klein)」と過去にディレクターを務めてきたブランドのデビューコレクションは、とても大人しいものだった。人によっては面白さが感じられず地味に見えるかもしれない。

だが、ラフはそこから時間をかけて、自分の世界をブランドに投入していき、気がつくと新しいブランド像を作り出す。カルバン・クラインではその手法が先鋭的になりすぎ、顧客からの指示が得られず、ビジネスが不調に終わってしまったが……。

ラフのディレクションを間近で見ていたピーターだからこそ、自分の個性の出し方とスピードには慎重になっているのかもしれない。

ところで、今回の2023AWコレクションで一つ不思議に感じたことがあった。ラフのアシスタントを長期間務めてきたにかかわらず、ピーターのデザインにはラフの面影がほとんど感じられないことだ。

たいてい著名デザイナーのアシスタントだったデザイナーが、独立してブランドを立ち上げてのコレクション、もしくはディレクターとなって自分の個性を押し出したコレクション、特に初期のコレクションは師であるデザイナーの影響が見られるのだが、ピーターにはそれがない。これはジャンポール・ゴルチエ(Jean Paul Gaultier)のアシスタントを務めていたマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)もそうだった。マルジェラのコレクションには、ゴルチエの影響がまったく感じられなかった。1989SSシーズンのデビューコレクションから、マルジェラはマルジェラだった。

話を戻そう。

いよいよピーターの個性が本格化してきたアライア。まだ強烈な印象を抱くには至っていないが、今後に期待を抱かせる可能性をピーターを示してくれた。時間はまだ要するかもしれないが、コレクションの数を重ねるごとに、ピーターの個性が光り輝く予感がする。この予感が外れるのか、それとも当たるのか。これからもピーター・ミュリエ率いるアライアに注目していこう。

〈了〉

スポンサーリンク